十三日目・稚内~礼文島 噂は本当だった!

 8月28日(日) 晴れ (走行 0km)


 朝になり、体調も大分良くなったみたいだ。

 三日間お世話になった稚内ユースホステルを出発し、ようやく礼文島への船便に乗り込むことができた。

 礼文では何処に泊まるか迷ったが、せっかく礼文まで来たのだから、ここまで出会った旅人たちの間ですごい噂が流れていたユースホステルに泊まる事に決めた。そのユースの名は、「桃岩荘ユースホステル」。

 すごい噂とは……ここでムリヤリ踊りを覚えさせられたとか、歌を皆で歌わさせられたとか、気が付いたら三連泊してしまった・・とか、とにかくタダモノではないものばかり(笑)。

果たして、その現実は?


 稚内から二時間近い航行の後、フェリーが礼文島の入り口、香深港に入ったとたん、その噂が本当であったと分かった。

 とてもヘルパーとは思えない、長髪・ボロGパン、首ヨレTシャツの男たちが大旗を振ってお出迎え。「おいおい、もしかしてオイラは物凄いところに泊まる事になるんじゃ?」と、急に恐怖感で背筋が寒くなった。

 送迎車「ブルーサンダー号」の中では、ギャグ交じりで島の観光案内が行われ、さらに、宿到着前に時計の針を三十分戻すように言われた。桃岩荘では「桃時間」という、標準時と違う独自の時間で生活しているとのこと。そして、宿の手前のトンネルにさしかかった時、ヘルパーから「皆さん、ここで『知性』『教養』『羞恥心』の三つを捨ててください」という指示があった。

え? ど、どういうこと? 僕は頭を抱えてとまどっていたが、トンネルを潜り抜け、宿が見えてきた時、その理由がはっきりとわかってきた。

ブルーサンダー号は、宿の玄関ギリギリ数センチ(数ミリ?)の所までバックし、宿泊者を降ろした。宿に入ると、ヘルパーによるギャグを交じえながらの館内説明があった。特に笑えたのは、このユースの付属喫茶店(改装中)の名前が「BEN&JOEハウス」というのだが、この略称がベンジョ、そしてその名前の由来は……おっと、ここでは伏せておこう(多分想像がつくと思いますが)。


 名物であるミーティングは、ヘルパーたちによる、歌あり踊りあり、寸劇ありのボリュウムたっぷり、かつバラエティーに富んだものだった。歌は必ず覚えないと稚内に帰るときにテストされ、唄えなければ帰してもらえず連泊させられるというので、全員が必死に覚えていた(あとで冗談だとわかったけど)。

 踊りは、アニメやフォークソング、童謡などのなじみの曲に振り付けをしたもので、ヘルパーが指導して宿泊者たちがそれをマネする。寸劇はヘルパーたちが衣装を付けて、巨人の星や北斗の拳などの過去のアニメをパロディ化したものを行っていた。


「桃時間」の夜九時になると、館内は問答無用で一斉に消灯となる。僕はベッドの中でうたた寝しながら、宿で見聞きしたことを頭の中で思いめぐらせた。噂どおり、この宿の第一印象はかなり強烈だったが、時間が経つうちに素晴らしいユースホステルだと思うようになった。

 僕も知らず知らずのうちに、このユースの放つ独特の雰囲気にすっかり取りつかれてしまっていたようだ。

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