第三話 英雄、英雄を欲す

 真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである。


ナポレオン・ボナパルト

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 場は、会議へと移る。


 ヘイトが会議室に入ってくると将校達は怪訝な目で見る。ヘイトはハウスヴェルト中佐の部下であるため、後ろの方で立っている状態である。


 最後にノックス少将が会議室に入る。彼は、ヘイトを一瞥すると、口角を少しあげ微笑する。


 ノックス少将は、左手をポケットに突っ込み、帽子のひさしは少し右に傾き、欠伸をしながら上座の席へと向かう。それを横目で見ていたヘイトは、少将としての雰囲気をこの人物からは感じとれずにいた。


 ノックス少将は、席に着くと、帽子の庇を整え、言葉を発す。


「じゃあ、会議を続けようか。」


 その言葉には、覇気はなかったが、首に死神の鎌があたっているかのような、下を見れば、虫の大群が足から登ってくるかのような不気味さで、冷や汗が伝う。


 ノックス少将が、言葉を言い終えると、


「その前に、尋ねたいことが。」


 と声がした。ノックス少将は声のした方へと視線を向ける。そこには一人の少佐が手を挙げていた。


「どうした、ジョアン少佐。」


 ジョアン少佐は、ノックス少将に少し会釈を介し、ヘイトの方を向く。


「貴殿、名前は?」


「ヘイト・バークマン少尉です。」


「では、ヘイト少尉。私は貴殿を見るのは初めてだが、此度の戦場が初陣か?」


「はい。その通りです。」


「では、この会議に出席したいと思った動機はなんだ。」


 この言葉は、将校達の総意なのだろう、皆ヘイトに視線を向けていた。ヘイトはハウスヴェルト中佐の時と同様に言葉を発す。


「私は…戦場に出たならば初陣などという肩書きは関係なく、皆等しく肩を並べて戦いあう戦友であると思います。私はそんな戦友達を私の失態によって、散っていってしまいました。ならば私は、彼らの分まで背負い戦わなければならないのです。」


 と一つ間を空け、続けて言葉を発す。


「私にはうかうかしている暇など無く、成長して行かなければなりません。そのための会議出席です。」


 ジョアン少佐は終始ヘイトの目を見ていた。ヘイトが言い終わると、彼の目には雲一つとない澄み切った晴天のような目をしていた。そこには嘘など一切介入の余地はないだろう。


「分かった。」


 とジョアン少佐は言い放つと、首をノックス少将の方に向け、会釈をする。それを質問の終わりと受けとるとノックス少将は、会議を始めようとする


「じゃあ、会―」


 が、もう一人の少佐が、椅子から立ち上がり、声を荒げ、捲し立てる。


「俺は納得いってませんよ!なんで、こんな新人が、会議に参加する事が出来るのか理解できない!」


「何故」その言葉を発しようとした時、声を被せるようにノックス少将が言葉を発す。


「リーン少佐、私は、彼の発言を聞き、会議の参加を認めたよ。」


「ですが」とリーン少佐が言おうとするが、その言葉を遮るかのように。


「リーン……黙れ。」


 その言葉は、今まで彼から感じていた綽然しゃくぜんとしたものではなかった。否定も肯定も受け付けない圧倒的な圧であった。


 リーンは堪らず席に座り、口を閉ざざるを得なかった。


「じゃあ……始めようか。」


 その言葉には先程の圧は鳴りを潜めていた。



  ▼



 議論は先と変わらず、自身の意見を言い争い、他人の意見など耳も傾けない。自身の意見が絶対なのだと譲る気配など微塵もない。


 するとヘイトが、徐に手を挙げる。ノックスは少将はそれを見ると、


「意見かい、ヘイト少尉」


 と声をかけると、ヘイトは首を縦に振る。それを見てとったノックス少将はヘイトに意見を促す。


「私は継戦するべきだと思います。」


「継戦すべき」と唱えていた将校は頷き、そうではない人間はヘイトを睨みつける。


 ノックス少将はヘイトの回答に頷く。そしてノックス少将はヘイトの目を見て、


「どうしてだい」


 ノックス少将は眼光炯炯がんこうけいけいで問いかける。ヘイトは一呼吸を置き、自身の意見を述べる。


「何故ならば、敵軍の目的は領地の奪還にあるからです。」


 それは約5年前の出来事の事である。リッケンハイム王国が隣国のフロス王国へと侵攻する。その経緯については省かせてもらうが、フロス王国の領土をリッケンハイム王国が奪う事に成功する。その為フロス王国は領土奪還に燃えているのである。


「領土を奪還できていない為、彼らは停戦交渉のテーブルに着く可能性は極めて低いと思います。そして、彼らは先の戦において我々に勝利しました。振り下ろされた剣の矛先は領土奪還の為にまた振り下ろされるでしょう。」


 彼らは勝利したのである。それは事実であろう。だがしかし、彼らの目的とはかけ離れている勝利である。


「その為、我らは継戦するべきだと私は主張します。」


 と最後にヘイトは締めくくる。それを最後まで聞いていたノックス少将は頷くと、皆を見渡し、


「じゃあ、その案でいこうか。」


 と発す。誰も反対意見を述べる者はいなかった。その理由わけは、第一に、「継戦すべき」と唱えていた人が半数以上であったという点。第二に、至極真っ当な理由であり、先の戦で負けている為、このままでは本国に帰還出来ないという羞恥心。そして第三に、先のリーン少佐とノックス少将の議論である。この三つが併さり、反論を述べる者はいなかった。


 会議は、継戦へと舵をきったことにより急速的に進み出す。自分にない知恵は、他人が絞る。その繰り返し。そして、


「会議を終了しよう。」


 会議が終了する。将校達は席を立ち、会議室を出ていく。その顔には自信に満ちていた。



  ▼



 皆が続々と会議室を出ていく、残ったのは一人の大佐とノックス少将である。その大佐はノックス少将に歩み寄る。


「ノックス少将閣下、少し宜しいですか。」


「どうした、ソフマン参謀長。」


「ノックス少将閣下、貴方は、をご存知だったのですか?」


 ノックス少将は、何を言っているのだという訝しむ目をソフマンに向ける。続けてソフマンは言葉を発す。


「思えば、最初の手紙の件から始まり、その後の行動全てが、貴方の思う通りに事が運びました。」


 ノックス少将は、溜息を吐き、少し小馬鹿にするような口調で言葉を発す。


「はぁー、そんなわけないだろう。私の思い通りになったのはたまたまだ、現実で起こる様々な現象は運というものが大切だ、それがたまたま私の前に転がってきたに過ぎぬ。」


「それは、そうですが……」


 とソフマンは言うが、すぐさま諦めたのか、不服そうではあったが、言葉を発す。


「分かりました。その件に関してはこれ以上のことは詮索しません。」


 と一旦言葉を区切り、次の戦の件に関しての質問をする。


「次の戦……勝つことは出来ますか?」


 その問いは、先の戦での敗戦なのかその言葉の節々には若干の戸惑いを孕んだ言葉であった。そんな彼の問に対して、


「当然ではないか、私が指揮を執るんだ、勝つに決まっている。」


 ホフマンは、ノックス少将を見る。そして驚愕する。会議のように綽然とした態度とは真逆であった。その顔には悪魔が取り憑いているかのような、強者が弱者に向ける笑みのような、獰猛な笑みをしていた。


 ホフマンは、直ぐに表情を切りかえ、自身の中で一呼吸を置き言葉を紡ぐ。


「分かりました。失礼します。」


 と言い。会釈をし、会議室を出ていく。この時のノックス少将の顔をホフマンは一生忘れることはないだろう。


  ▼



 時は少し遡り。リッケンハイム王国陸軍が退却していく頃。そこにはフロス王国陸軍中将ハッケンの姿があった。


 ハッケンは、齢40を超えており、フロス王国では老兵と呼ばれる分類にいる人物である。


 ハッケンは、馬上でリッケンハイム王国が退却していく様を眺めていた。


「ハッハッハ!敵軍が退却しておるぞ、我らの勝利だ!勝鬨を上げろぉぉお!」


「「おぉぉぉ!」」


 と兵士達を奮い立たせ、この戦の勝利は我らがもぎ取ったものだぞ!と兵士達に自負を与える。


 ハッケンは笑っていた。しかし、ハッケンの目は笑ってなどいなかった。


(退却がいくらなんでも早すぎる、敵軍の指揮官が戦死したという情報は此方も掴んでいる。たが、それを抜きにしても敵軍の退却は早すぎる。今の敵軍の指揮を執っているのは次席指揮官だろう。そいつは要警戒だな。)


 ハッケンはこの戦に勝った。だが、彼は慢心などすることはなかった。彼は幾多の戦場を超えてきた歴戦の軍人である。そこで学習したことの一つとして慢心を捨てることであった。彼は幾多の人間が、慢心によって負けるザマを見てきていた。その為、彼には慢心などない。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━後書き


第三話、読んで頂きありがとうございます。


第四話から本格的な戦争が始まります。楽しみにしていてください。


少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。


それでは第四話でお会いしましょう。ありがとうございました。




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