2-1

「クロス伯爵家、アンリエッタ嬢。 私は貴方のその奥ゆかしさ、清楚で美しい佇まい……そして、その奥にある強さに恋をしたのです。 貴方に相応しい男になると誓います。 どうかこの手を取ってくださいませんか?」


 私の目の前で、膝をつき、胸に手を当て、空いた手で私の手を取り口づける男性に。


 胸の高まりが収まらない。


 わたしを見つめる綺麗な青紫色の瞳も。


 さらさらと流れる白銀の綺麗な髪も。


 あぁ、どうしたらいいんだろう、こんなの望んでいなかったのに。


 きょろきょろとあたりを見ても、目が合ったお父様とお母様はもうちょっと役に立たない状況になっているし


 やっとできた大切なお友達たちも、目をキラキラさせてこちらを見ているけど、助けてくれそうにない。


 まって、まって!?


 本当にちょっと待って。


 違うの、そんなつもりはなかったの。


 私は本当に倒れそうになりながら、この状況を考えた。













 10年も共にいた、脳内に菜の花畑とモンシロチョウが飛び交う婚約者とその幼馴染にあっさり騙され湖に突き落とされ、湖に沈む中前世の記憶をゲット〇ZE!した私は、『〇h!N〇! ジャパニーズ! S〇 クレ〇ジー!』と、バチクソ最恐ジャパニーズホラー映画を見せられた外国籍の友人に、パンチと共に罵られた映画の主人公宜しく、池から這いずり出、にっこり笑って彼らを追い詰めた後、発熱と筋肉痛と関節痛に寝込みながらも目が覚めたのは2週間前。


 学院なんか、もうしばらく少し休んでもいいんだよ? というお父様とお母様を『もう元気ですし、学業は貴族の嗜みの一つ。 そんなわけにはいきませんわ。』と笑顔で丸め込んだ私は、3週間ぶりに制服を身に着けた。


 紺色のセーラー襟に袖が長く、丈もくるぶしまである真っ白のワンピースの様な制服は、はっきり言ってとても可愛い。


 この私に超絶似合う(自分調べ)。


(よし、落ち着いて。)


 ちょっと興奮していたようで、私は胸に手を当て、2つ、3つと深呼吸した。


「お嬢様、無理なさらなくても大丈夫ですよ?」


「ちょっと……緊張しているだけよ、大丈夫。 心配してくれてありがとう。」


 そんな様子を見ていた侍女が心配げに鏡越しに言ってくれたことに微笑んでそう返す。


「……お嬢様……。」


 あ、口元押さえてちょっと涙ぐんでる。 やりすぎちゃったかな?


 私はちょっと反省しながら、ゆっくりと鏡の中の自分を見た。


 柔らかな裾だけ白い黒髪は、侍女によって丁寧に『ゆるふわウェ~ブ』にしてもらい、ハーフアップにしたうえで髪には、今まで元婚約者あのバカから貰った宝石のついた髪飾りなどを止めてもらったが、柔らかな白のリボンにレースをあしらった物を結んでもらう。


 今まではあまり気にしなかったお化粧も、ふんわり柔らかで甘やかな『砂糖菓子のような雰囲気』にすれば……。


(うん、かんっぺき! なんじゃないかしら?)


 と、心の中でガッツポーズをとった。


「いかがですか? お嬢様。」


「うん、とても素敵。 綺麗にしてくれてありがとう。」


 そうやってふんわり笑えば、侍女は嬉しそうに笑ってくれた。


「いいえ。 以前と比べてお化粧も薄くなりましたが、こちらの方が素敵ですわ。 よくお似合いです。」


「貴女の腕がいいからよ。 本当にありがとう。」


 そう言われれば、今までであれば嬉しくて「ありがとう!」と笑っていたところだが、可憐に微笑みながらそういうと、侍女はまた、口元を押さえてと悶えている。


『お嬢様は、私達が気を使わないように、ずっと元気そうに振舞ってらっしゃるわ……なんてけなげな。』


『おいたわしい、お嬢様……。』


『我ら使用人一同、お嬢様をお守りするぞ!』


『『『おーっ!』』』


 等と、使用人たちが言っているのが聞こえている。


 寝込んでいた1週間をぬいた残りの2週間で、『婚約者たちに裏切られ、心に傷を負ってしまったのに、皆を気遣う可憐なお嬢様』として父母と使用人と騙す演技に専念してきた。


 言葉少なげに


 誰に対しても丁寧に


 声のトーンは控えめに


 笑うときは決して口を開けたりしない


 などなど……たくさん実践してきたのだ。


(この努力! 必ずや学園で披露してみせる! そして目指せ、素敵な婚約者!)


 その努力の甲斐あって、今までならみんな、こけても楽しく遊んでても見守っていますよ、微笑ましく……と、生暖かい視線を向けていてくれただけなのに、ここにきて一気に溺愛モードに突入してくれた。


 敵を騙すにはまず味方から。


(そう、生まれ変わった私は本気モードよ。)


 そう、私は『傷物令嬢』なんて言葉に負けない! そして素敵な婚約者に捕まえてもらうべく、今日から学園に通うのだ!


(がんばるぞ、おー!)


 表面上ぎゅっと行動したいのを抑え込みながら、皆に手を小さく振って家を出た私は、馬車に乗って学園へと向かうのだった。








『婚約者とその幼馴染に湖に墜とされて殺されかけた令嬢』


 その噂は、瞬く間に学院中に広がって、3週間たった今では、知らない者はいないほどのようだ。


 その雰囲気を感じたのは、馬車の昇降場所で私が馬車から降りた瞬間に肌で感じた。


 突き刺すような視線と、耳に聞こえるひそひそ声。


(ん~、思ったよりも広がってるわね。 まぁ、仕方ないわ。 だって、全員同じ学院に通っていたんだもん。)


 内心溜息をつきながら、私はただ俯き、学舎の方へと足を進めるが、遠巻きにみんなひそひそ言っていても、誰も声はかけてこない。


 腫れ物にでも触るような雰囲気だ。 いや、実際腫れものだけど。


 私たちは3人同じ学院、同じ学年だった。


 仲良く一緒に過ごしていた時は天国だと思っていたが、こうなってくると最低にもほどがある。


 いつも3人で過ごしていて、他に親しい人もいないくらい……と思っていたけれど、よく考えたらあの2人には友達がいたのだろう、明らかに敵視している視線もある。 そしてひそひそとした囁きは、私の悪口ばかりでよっぽど耳障りだ。


(もう、言われたい放題だわ……昔の私のお馬鹿さん!)


 ちょっと湖の中で反省して来いと思う、したけれど。


 1人孤立しているわ、こうして敵意は向けられるわ。 あの2人をほんとに信用していた自分は視界が狭すぎた。


 元婚約者ばかの友達が何を言おうとも、その幼馴染アバ〇レの友達が何をしてこようとも、こっちは間違いなく完全なる被害者だ。


 (作戦のために)ため息をつくわけにもいかず、私は静かに教室に入ると、視線と嘲笑を浴びながら静かに自分の席に座った。

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