1-2
「早く! 早く誰か助けてぇ!」
それまで森をゆっくり手をつないで歩いていたメダキとレズバは、見えてきた屋敷を合図に手を離すと、手に持っていた水にぬれたハンカチを絞って目元に押し当て、それから頷き合って、屋敷に走り出した。
扉を叩き、使用人が扉を開け切る前に中に飛びこんだ二人は、これ見よがしに大きな声を張り上げ、叫ぶ。
「大変! 大変なの! 誰か! アレッタがっ! アレッタがっ!!」
甲高い声で叫んだのはレズバで、その声に、奥でお茶をしていたメダキとアンリエッタの両親が飛び出してくる。
「どうしたんだ!? なにがあった!?」
先に声を上げたのはアンリエッタの父親で、その腕にしがみつくようにして前に立ったメダキが水にぬれた顔で叫んだ。
「伯爵! アレッタが……アレッタが湖に落ちてしまったんです!」
「なに!?」
「何ですってっ!」
メダキの叫びに顔を合わせた4人は、顔色を変えてメダキとレズバを見た。
「どういう事なんだ!?」
「アレッタのおじ様、おば様! ごめんなさい!」
わぁっと泣き出した(ふりをした)レズバは、しゃっくり上げるようにして説明する。
「ピ、ピクニック、に。 いった、先で……。 湖に大きなお魚が、跳ねて……喜んだ、アレッタ、が、岸から足を、すべらせて……湖に、ち、近づいて、しまったから……止めたのに、行ってしまって……足を滑らせて……ううううぅぅ。」
(嘘)泣き(し)ながら必死に説明するレズバはさらに大泣きしてしまい、途切れた言葉の後を、メダキが話す。
「必死に助けようと頑張ったんです! 手を伸ばして、一度は掴んだのに。 なのに……あぁ! アレッタ!」
悔いるように床に膝を付けたメダキの言葉に、アンリエッタの母親はその場に真っ青な顔でへたり込み、メダキの父であるワウヤイ子爵は、声もなく震えるクロス伯爵の代わりに、周囲の使用人たちに指示を出した。
「なんてことだっ! 早く男手を湖にっ! アンリエッタを探すんだ。」
「必要ありませんわ、ワウヤイ子爵様。 私はここにこうしておりますもの。」
真っ青な顔をした大人たちと、渾身の演技で泣いていたメダキとレズバは声のした方を見た。
「「あ、アンリエッタ!」 無事だったのか!」
「「ひっ!」」
半開きの屋敷の扉の先に、たった一枚の下着を身に纏い、頭の先から足の先までびしょ濡れ、長い髪からは水を滴らせ、手足には水草の絡まったアンリエッタが立っている。
(ふふふ、驚いてる驚いてる……そうよね、沈むのを最後まで見ていたんだもの。 助かるなんて、思っていなかったでしょうね……。 ……さて、思いだして完璧に演じるのよ!)
アンリエッタは静かに、目を見開き、すぐに駆け付け、自分たちを抱き締める大人達とは対照的に、2人手を取り合い、悲鳴をあげたメダキとレズバをじっと見た。
大丈夫? 辛くない? あぁ、神様ありがとうございます。 はやく医者を呼んで来い。 など、様々な言葉でアンリエッタを気遣う大人達と違い、真っ青な顔をして、がくがくと震えながらこちらを見る二人。
「さぁ、アンリエッタ、屋敷に入ろう! 誰か湯を用意しろ!」
ふわりと背中と膝裏に腕を回され、抱き上げられたアンリエッタは、そう叫んだ父親を見、口を開いた。
「お父様、少しだけ待ってくださいませ。」
「だめだ! このままでは風邪をひいてしまうだろう!」
「その前に、お礼を言いたいんですの、私。」
にこっと笑ったアンリエッタの#目の奥の光も見えない笑顔__・__#に、父親は一瞬、息をするのを忘れた。
こんな表情を娘がするわけがないと、戸惑ったのだろう。
(そうよね、お父様。 今までは私は純粋無垢で人を疑う事を知らない#少々おばかちゃん__・__#なアンリエッタでしたものね……。)
父親に向けていた笑顔を消し、グルンと頭ごと、手を取り合い震えている2人に向ける。
「降ろしてくださいませ、お父様。」
「……あ、あぁ。」
普段ならばそうしないであろうに、娘のあまりの変わりように、父は彼女を下ろした。
(あぁ、重い。)
水を含んだ下着を重いと感じ、水と泥の入った気持ちの悪い靴のために少々足を引きずりながら、アンリエッタはメダキとレズバの前に立った。
「……ア……アレッタ……。 ほ、本当に君、なのか?」
震えた声で名前を呼んだメダキに、アンリエッタは口元だけで微笑んだ。
「えぇ、正真正銘、アンリエッタよ。」
「な、なんで……。 どうやって、ここに?」
カタカタと震えながらそういうレズバにも、微笑む。
「何とか這い上がったの、這い上がれたの。 2人ともいなくて吃驚したわ……でもお屋敷に帰ってきていたのね? それは、私のために大人を呼びに来てくれたんでしょう? ……違うの?」
「そ、そうよ、そうなの。」
レズバが慌てて体裁を繕うために私にひきつった笑いを見せる。
「よかった、わ! よかった! アレッタ、心配したの!」
そんなレズバとアンリエッタのやり取りに安堵したのか、メダキはよろよろと立ち上がり、アンリエッタを抱き締めようと手を伸ばす。
「よ、良かった……湖から、抜け出せたんだね……」
パァン!
「えぇ。 でも、残念でしたわね、せっかく私を突き落として、2人で幸せになるつもりだったのに。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます