第3話 複製するように書く人

 いつも、なにを書いても、自分の文章は「複製」だと言う。

 その人の心持ち。内から出てきた言葉に感じられないまま書き進めて、書き終える。自分が書いた訳じゃない、と感じている。慎重な性格で、いつも資料や先達の文章に当たり先行例があれば調べつつ、そのとき自分が書くべき文章を書く。

 よく本を読む。複製しているという認識は、外からの言葉を仕入れながら書いていることとはおそらく無関係なもので、どこかこころの中でのひっかかりの話だ。

 それでいて、自分の言葉にオリジナリティがないとかは思わない。書き上がる文章はいつも、まだこの世になかった文章とする。書く姿は楽しそうである。ただ、本人は言葉に既視感をもつ。他人の作を書き写しているわけではないし、当然、どこかからコピーしてペーストしているわけでもない。贋作盗作とも無縁。

 むしろ気楽に書けている。

 それが書類・文芸・買い物メモであれ、書くつど新作であり、意気込む気持ちがわたしたちにはないではない。だが、複製しているだけ、というある種の軽い気持ちで臨むことで、書き出しのハードルはぐっと下がる。書くべき言葉が書く以前にあるなら、頭を悩ませずに文字をなぞるだけで書くことは済むのだから。

 

 その人は文字を見てから書いている。

そのままの意味で、書くべき言葉を目で見ている。視覚で捉えられる具体的に在る文字だとしたら、それは言葉が頭に浮かぶ→それを文字に移す、という天啓を待つような作業にはなりえない。自分で考える前に、言葉が浮かぶ前に、言葉が見えてしまう。

 そこには二通りの現れ方があることになる。ひとつは、これから文字が書かれる地点から離れている場合。目はたびたび自分の文字から離れ、書くべき文字を見て、それを書き写すだろう。離れているほど、現れる文字を無視することもできる。ふたつめは、そしてこちらのほうがその人の執筆方法なのだが、これから文字が書かれる地点に現れるというものだ。

 たとえば文字が書かれる場所を、一枚のガラスだとする。書こうと思い目を凝らすと、そこには白いインクでこれから書かれる文章が書かれている。現れた文字の色合いは地の色に合わせたハイライトで決まるらしい。その文字はガラスの裏面に書かれていると気づく。黒いインクでなぞるうち、鏡文字で書くのは大変なことだったろうと素朴に思う。

 その人の執筆を助けているのはそういう現象で、こっちから見て裏側に、その人よりも少しだけ早く、こちらとは鏡写しの誰かが、同じ文章を同じ地点に書いている、というようなことである。

 

 素直に言葉を受け取っている。

書こうと思う。すると文字がぼんやりと見えてくる。次第にはっきりした輪郭を持つが、その文字たちはなぞることで消えてなくなるほど薄く、儚く書いてある。霊のようであると思う。幽霊を相手にするようだが、幽霊が死後の姿ならば、これは文字の幽霊ではない。生まれる前の言葉が見えているから。幽霊とは真逆だ。

 書く前に現れる書くべき文字の見え方。一息にすべての文字が現れるとしたらどうだろうか。飛びとびに好きな地点から書きはじめることができる。側から見てぎょっとする光景だろう。それこそ憑かれてるような書き方。あるいは、書いた端から次に書くべき文字が現れる。降り立った飛行船からロールカーペットが敷かれていくように。頭から順に、今書いた地点のすこしだけ先まで、これをかけと発光する文字が見えてくる。ずっと先がどうなるかは、書き進めないとわからないのだ。

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