「やあ、少年」ってのが口癖の俺の先輩は昨日亡くなったらしい
床の下
葬式
「もう全身、ぐっちゃぐちゃ」
「中身も全然無いんでしょ?」
「野犬に襲われたらしいわ・・・」
「凄い酔ってたって言ってたもんね・・・」
「身元引き受けも無かったんでしょ」
「たっくんは偉いよ・・・別に付き合ってた訳でも無いんでしょ」
「いや?どうだか?」
昼間の田舎の真っ白な葬儀場にはまばらに人が集まっていた。棺桶には彼女、先輩が入ってるらしい。その顔を未だ見られないのはもう見られないからというのはあった。
「えー、では・・・よろしくお願いします」
顔見知りの葬儀屋がまたか・・・と面倒そうな顔をしながら小窓の蓋を閉める。
田舎の葬儀は作法が抜けてる事が多い。元々、独占的に業務をこなす為、無駄な所作は省かれていく。その判断基準は葬儀屋・坊主が決める。別段、構わない。そういう事になっている。
「はい、では・・・行ってきます」
私は彼女の棺桶を火葬場に運ぶ、周りの人は特に助けない。当然だ、彼女が入った棺桶は随分と小さいのだ。一人で運べるくらい。彼女の見つかったパーツはそれだけだった。
――――――
「やあ、少年、久しいね」
初めてあった先輩は文芸部の部室に入る俺にそう言ってきた。
「はあ?」
「つまらない返事だね、新入生」
芝居がかった所作、何処となく垢抜けない顔立ち、早口な口調、何かのキャラクターを演じているのかもしれない。この田舎の学校では悪目立ちする。だから誰も文芸部に入らないのだ。
「君、本は読むかい?」
「少しは読みますね・・・ひかりごけとか羊たちの沈黙とか・・・」
「・・・案外尖ってるね」
どちらも名作だ、特別尖っているとは思わなかった。その後、先輩は難しそうな小説を次々と上げる。きっと言い慣れるまで夜な夜な練習してたのだろう。少し目元にくまがあった。
「まあ、君も私を目指した前、文芸部たる者、物語を接種し、理解し、解読する事を本懐としないといけない。さあ、ここには幾らでも本がある。読もう」
文芸部にある大きめの本棚には随分と古い名作集や一周遅れの流行の本が無理矢理詰め込まれていた。それをなぞるように触る。どれもこれも読んだことがあった。
何一つ新しさを感じなかった。
――――――――
「たっくん、お家継ぐの?凄いわねぇ・・・」
「結婚は?子供は?いいわねぇ・・・人生安泰だわ・・・」
「みよちゃん、都会の彼氏さんと別れたらしいわよ。で、今、里帰り中」
「やだわー」
「さっき聞いたんだけどさ、なんかあの子居酒屋で暴れてたらしいわよ。いやね・・・」
「まあ、昔から変わってたもんね・・・」
火葬場は古く小さい。目の前にある小窓が彼女を焼き続けるのを見ながら周りの人間が話す内容に軽く頷き続ける。
本来、こんな場所、入れない。でも、田舎ではよくあるのだ。皆娯楽に飢えていた。
誰が誰と付き合ったとか、誰がどうだとか以外に興味が持てない。でもそれは理屈として間違っていなかった。人間とは一つの物語、つまり小説だ。それをみんなは読み解いている・・・なんていうのは詭弁だろう。
だが、先輩はそんな詭弁が好きだった。
――――――
「私は常々思うわけだよ、人とはそれだけで物語なんだ!つまり一つの文学!つまり文芸部の出番って訳だ!」
「・・・素直に言いましょうよ、やること無いから人間観察やってますって」
「・・・君はつまらん!」
田舎から電車に乗ってやって来た小都会の喫茶店ではしゃぐ先輩を見ながら私は買ってきた本を読む。内容はスプラッターミステリ、トリックは実は犯人が死体を食べていた、そして探偵も食べていた!という中々に豪快な内容だった。
だが、嫌いでは無かった。こういう馬鹿馬鹿しい内容の方が肌にあっていた。映画もB級の方が好きだった。
先輩はしばし「あの人は・・・あの人と付き合っている!」だの「あの人は・・・実は犯罪者だ!!バックにはナイフを仕込んでいる!」など本人に聞かれたらぶん殴られる推理をし続けていた。
そして、コーヒーを飲み終えると立ち上がる。
「早く、次の喫茶店に行くぞ!宅少年!!今度は人通りの流れから集団心理を読み解くぞ!!」
早めに出たから日が浅い、その明かりは彼女の後ろにあった。その眩しさは愚かしさや若さを焼き切って、私の目に彼女という存在を嫌という程焼き付かせていた。
人はほんの些細な瞬間に人を好きになる、これは本当だった。
――――――
既に灰になった彼女。骨壺に収める程の骨は無くて、私は出来る限り塊と呼べる物を箸で摘まみながら詰め込んでいった。
そして、出来上がったそれは彼女と呼ぶには小さすぎる彼女の終わりだった。
それを運びながら私は彼女の為に借りた小さな墓に向かう。彼女のご両親は数年前に亡くなったらしい。祖父母もいない。孤立無援。そうなるのを分かって彼女は都会に出たのだろう。
外に出る。少し日が傾いている。あの時見た、彼女越しに見た光はすっかり陰を落としていた。
後ろでは「じゃあねー」「またー」「今日は本当、久しぶりに話せて良かったわー」など聞こえる。彼女の葬儀に集まった人は皆、面白半分で来てただけだった。
それを悪いと言える人間では無い。俺や彼女だって面白半分に人の人生を予測して遊んでた。それが自分達に回ってきたのだ。
――――――――
「やあ・・・宅彦・・・」
「どうしたんです?先輩、随分と疲れてますね」
都会から帰ってきた彼女は随分と疲れた顔で席に座る。この田舎の小さな居酒屋では顔見知りしか飲んでいない。本来ならここを彼女は選ばない。でも余裕が無くなっていた。
「疲れるさ、随分と、大変なんだよ、社会って奴は」
「そうですか、私も大変です」
先輩は鼻で笑う。
「大変?お坊ちゃんに大変な事なんて何一つないだろ、私とはまるで違う、私はもっともっと大変なんだ!!!君に何が分かる!!!」
先輩は随分とくたびれていた。でも化粧をして、綺麗な服を着て、派手になって、そして、何処となく埋没していた。
「生きるってのはそれだけで大変なんだ。君は会った時から知ってるんだ!!ずっと冷めた目で世の中を見ている!!冷笑のつもりか!!流行らないぞ!!!」
酒が増える。顔が赤くなる。目が充血している。そして、夢見心地な顔をしている。
「楽しかったな・・・あの頃は・・・空き家に入って推理したり、高い本を二人で買って、読み回したり、川沿いでキャンプしたり」
「ありましたね、そんなこと」
「何もかもが綺麗だったんだ。あの頃は親も仲が良くて・・・介護の心配だって・・・私は・・・私だって君みたいな生き方が・・・」
頭を掻きむしる彼女は更に酒を腹に入れる。私はただ彼女の話を聞いている。周りの客は帰っていった。きっと噂になるだろう。だが、もう彼女はどうでも良かったのだろう。
「なあ、宅彦・・・私と・・・」
――――――
先輩の骨壺を墓にしまって蓋をする。すっかり暗くなっている。きっと化けて出るなら今日がうってつけである。彼女に恨まれる理由は山ほどある。
私は車まで歩きながら彼女の墓に似た無数の墓を横目で見る。その全てに孤立無援の人達がいる。みんなの顔を私だけは覚えている。後輩、同級生、ペンフレンド・・・どれもこれも思い出せる。
彼女もそれに加わった。本の背表紙のような長細い墓。それを読み解くのが楽しいのだ。
「今日は野菜炒めにしようかな」
今晩の献立を考える。
随分と肉料理が続いている。
早く片付けないと次に行けない。今度会うのは血の繋がらない姉。そう思い出す、あれは・・・
「やあ、少年」ってのが口癖の俺の先輩は昨日亡くなったらしい 床の下 @iikuni98
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