星使いの令嬢と守護聖騎士
水月 梨沙
第1話
そこは、明るい森の中だった。
木々の間から漏れる光は足元の草を青々と照らし、どこからか小鳥の囀りも聞こえる。
とてものどかで、のんびりピクニックにでも来たかの様だ。
――そんな呑気な私の考えは、突如として耳に入って来た唸り声に掻き消された。
「犬……?」
威嚇しつつ低く声を発しながら近付く獣は、大型の犬に似ている。もしくは狼の種類かもしれない。
ただ、毛並みは濃紺であるし目も『血走っている』というよりは『全体的に真っ赤』。
どう好意的に見ても、こちらに敵意を持っている風に見える。
「こういう時、死んだふりをするのは良くないってどこかで読んだ気がする……」
そもそも死んだふりは熊に対して行うものだろうし、この場合には適さないだろう。
そして武器になる様な物は所持しておらず、辺りにも手頃な棒が落ちていたりはしない。
「かけっこしか無い、かなぁ」
相手が犬並みの速度なら間違いなく無駄だろうが、かといってここでウェルカム!と待っているのも愚かだろう。
私は全速力で犬(仮)と反対の方向へと駆け出した。
「はぁっ、はぁっ、もう、こんなに、一生懸命、走る、なんてっ、何年、ぶり、だろ……っ」
履いていた靴はサッサと脱ぎ捨てた。
まとわりつくロングスカートは両手で持ち上げて、いっそ笑いさえ込み上げて来る中を走る。
とはいえ、それもすぐに終わった。
「大丈夫ですか!?」
背後から、男性の声。
首だけを後ろに向けて確認すると、西洋風の剣を持った人が犬(仮)を斬り伏せていた。
勢い余って少し離れてしまいながらも減速。
犬(仮)は血を流す事も無く、斬られた場所から砂の粒子が風に散るみたいに形を失いつつあった。
(普通のケモノじゃ無くて、モンスター的な何かなのかな……?)
そんな仮説を立てつつも、取り敢えず脅威は去った様なので座り込む。
肩で息をしながら顔を上げると、助けてくれた男性が剣を鞘に収めて近付いて来た。
「お怪我はありませんか?」
落ち着いた、それでいて心配する様な声。
瞳は空よりもなお青く、後ろで一括りに纏められた長い髪は陽の光を浴びて銀色に輝いている。
年の頃は二十歳前後だろうか。その男性は近くまで来ると片膝をついて、こちらを窺ってきた。
「走ったので、少し足が痛いぐらいです。助けてくれて、どうも有難うございました」
私が頭を下げると「いえ」と返事をして、男性は何かを考える様に自分の口元へと手をあてた。
「俺は、これから第七地星脈領主様の屋敷へ行くところです。ここからですと町よりもそちらが近いですし、もしよろしければそこで手当てをなさってはいかがですか?」
だいななちせいみゃく。
聞き慣れない単語に気を向けそうになったが、それよりも今はこの人物との縁をここで終わらせない事の方が重要だろう。
「そうですね、ご一緒させて貰えると助かります」
またあんな犬もどきに襲われても困るし、何より私はどの方角に行けば何があるのかも分からない。
一人で取り残されてしまってはロクな事にならないだろう……と、そんな考えから返事をしたが
「では、失礼致します」
「わわっ!」
おもむろに男性が私を抱きかかえたので物凄く驚いた。
「レディに不躾ではあると思うのですが、これ以上貴方の足が傷ついてもいけませんので」
なるほど、確かに靴すら無い女を裸足で歩かせるのは体裁も悪いだろう。
とはいえ、こういった事は先に一言『具体的に何をするか』の申告がないと心臓に悪いなぁ!
私は生まれて初めての『お姫様抱っこ』に恥ずかしくなりつつ、手のやり場にも困って固まってしまったのだった。
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