第5話
「さっきは、うん、私の注意不足でしたね。気を引き締めていきましょう」
「いえ、俺もちゃんと周りを見ていれば、あの薬草に襲われることもなかったはず……」
「あれは薬草ではないです。魔物の一種です」
「お腹すいた」
「だからといって雑草は食べちゃいけません。お腹を壊しますよ」
「僕も……ソイを助けようとして捕まっちゃって……リーダーなのに……」
「ディロくん、そう気を落とさないでください。誰にでも失敗はあります。冒険者を始めて数日なら尚更です」
「何があったの? まさか……お前が何かやったんじゃないでしょうね!」
「違います。断じて」
食人植物(薬草ではない)に捕まったディロくんとソイくんを救出し、雑草(食べ物ではない)をもぐもぐ食べているルルちゃんに雑草を吐き出させて、としているうちにフィアナは俺達のもとに戻ってきて、「この惨状はお前のせいか!」と言われた(俺のせいではない)。
しかし、森に入ってまだ一時間も経っていないのにこの有り様とは。
俺の目が光らないところで色々やっちゃってくれたな。
ディロくんとの話に夢中になって周囲の警戒を怠るなんて、我ながら迂闊だった。
彼らの警戒不足もあるだろうが、彼らは今新米冒険者応援サービスの元で行動している。
つまり、指導役である俺がしっかし導いてあげなければならないのだ。
彼らに万が一のことがあったら俺に責任が問われることになる。
今回は顔なじみの受付のオッサンからの依頼だし、気を張っていかねば……。
「というわけで、援軍を要請しました」
「「「「援軍?」」」」
「はい。この子です」
そう言って、俺は傍らにお座りをする犬を撫でた。
犬。
そう、犬である。
真っ黒な毛皮に金色の瞳が映える、綺麗な犬様である。
愛嬌のあるカネ・コルソである。
カネ・コルソが分からんなら調べてくれ、可愛いから。
「可愛い」
「でしょう?」
「名前はなんていうんですか」
「三郎です。さっちゃんと呼んであげてください」
「撫でてもいいですか?」
「撫でてやってください。あ、頭の上は触らないで、まずは手の匂いを嗅がせると安心します」
そして若い男女数名に囲まれる大型犬。
三郎、まんざらでもなさそうな顔である。
援軍、で、何で犬?
ってかどうして犬?
と疑問に思う諸君に説明してあげよう!
だが三郎の話をする前に、少し俺の話をしよう。
俺はこの剣と魔法を世界に来る前までは、平和な日本で馬鹿なことに明け暮れる至って一般的な男子高校生だった。
ある日教室でクラスメイトと漫談していた俺は、黒尽くめの男たちの怪しげな取引現場を目撃してしまう……
取引の様子に夢中になっていた俺は、背後から近づく黒尽くめの仲間に気付かず、奇襲を受け、目が覚めたら。
体が縮んでしまっていた!?
……というは冗談だけど、フッと気がついたら赤ん坊になっていたのは確かだ。
事故で死んだり、明らかに異世界に飛ばされますよーみたいな魔法陣が見えたりはしなかったが、しかし俺は平和な日本からこの異世界に飛ばされた。
神か悪魔かそれとも人か、原因はわからないが俺は異世界転生を果たした。
赤ん坊になった俺は、まあ、最初は不安だった。
気づいたら若返ってるし、視力も聴力も弱いせいで状況把握もままならず、周囲の大人は日本語でも英語でもない言葉を喋ってるしで、自分の身に何が起きているのか理解が追いつかず、泣き喚いたりもした。
月日が経って、目も耳も良くなったある日。
俺は魔法を見た。
そして此処が異世界であると理解した。
異世界と言えばチートスキル。
そして俺TUEEEEE展開。
自分が赤ん坊という吹けば飛ぶようなか弱い存在であることも忘れて、俺は俺の異世界冒険譚を夢見た。
そして事実、俺にはチートスキルが、固有魔法という形で存在した。
固有魔法とは、この世界の人間が時々生まれながらにして持っている神からの贈り物。
その魂に刻み込まれた特別な魔法。
人口の約一割程度しか固有魔法を持っているものはおらず、それを持つものは祝福されし者。
そんな魔法。
俺の場合はそれが、三郎だった。
訳わからんって?
じゃあもう少し詳しく説明しよう。
固有魔法はすごい魔法。
訓練すれば誰でも使える一般魔法とは違い、魔力を練り上げる必要もなく魔術式を描く必要もなく、ただ「使おう」と思ったら手指を動かすがごとく自然に使える特別な魔法だ。
そして特筆すべきはそのバリエーション。
固有魔法に1つとして同じものはなく、同じように見える固有魔法でも、
俺の固有魔法も例に漏れず、一般魔法とはかけ離れた面白い魔法だった。
固有魔法は魂の性質というか形質というか、そういうモンであって元々名前など付いていないが、祝福者は自分の魔法に泊をつけるためにかっちょいい名前を考える。
俺の固有魔法に名前をつけるとしたら、「生物生成」あたりが最適だろうか。
横文字の才能は俺にはない。
俺の固有魔法は生き物を生み出すことができる。
魔力を消費することで、ゼロから1を、無か有を、何もないところからナニカを生み出すことができる。
想像力と魔力次第で犬猿雉からスライム、果てはドラゴンまで何でも生み出せる。
生み出した生き物は自我を持ち、俺の眷属になる。
眷属と俺のあいだには魔力的な繋がりができ、遠隔で眷属に命令したり眷属の視界を覗き見したりできるのだ。
素敵だろ?
素敵って言え。
俺自身が超強化されるようなチートではないが、厨二心躍る能力であることに変わりはない。
俺は祝福者であることを喜び、柄にもなく神に感謝した。この世界に神がいるのかは知らんが。
俺が固有魔法にワクワクしている間に、なんやかんやあって俺は孤児になった。
双子の弟妹を両手に抱えて、孤児になった。
なんやかんやの部分は省略する。聞いても楽しいもんじゃないし。
五歳の頃だ。
まだ子どもだ。
双子のきょうだいに至っては乳飲み子だった。
俺は日本人的感覚で異世界では楽しくやっていけると楽観していたが、現実はそう甘くなく、齢たったの五にして二児の保護者として子育てに追われることになった。
助けてくれる大人は居なかった。
孤児院を探したが俺がいたイアリスの街には孤児院が存在せず、俺は1人で二人の世話をしなければならなかった。
弟妹を見捨てることなんて日本人的感覚が標準装備されている俺にできるはずもなく、日本人的勤勉さで必死に働いて日銭を稼ぐことになった。
そのへんの苦労も、面白いもんじゃないし省略しよう。
とにかく、俺の固有魔法は「生物生成」で、三郎はその生成された生き物の1つであるということだ。
「三郎、紹介します。この子達は私が面倒を見ることになったパーティ、『火炎の剣』。いい人ばかりですよ」
「ヘッヘッヘ。クゥーン」
もみくちゃにされている三郎は、それでも俺の紹介に答えて周囲の顔を眺めた。
ディロくんは恐る恐るといった様子で三郎の肩のあたりを触っている。
ルルちゃんは三郎の背中によじ登っている。
可愛いけど犬にそんなことしちゃだめよ。
三郎だから怒らないけど、他の犬だったら怒ってるからね。
ソイくんは「可愛いですねぇ、可愛いですねぇ」を連呼している。
が、三郎に手を伸ばすことはなかった。
撫でないのかと聞けば、「昔から犬には嫌われるタチでして。この子が噛むとは思えませんが、遠慮しておきます」とのこと。
そしてフィアナはといえば。
「………」
「……ワンッ」
「キャッ! ……な、なによ、急に吠えたりして」
大げさすぎるほど三郎から距離を取っていた。
ソイくんは撫でないだけで三郎のすぐ近くで座っているが、フィアナは五メートルも離れた場所に陣取って、しかもジリジリと後ずさりをしている。
……ほほう、これは……
「もしや、犬がお嫌いで……?」
「んなっ、そ、そんなわけないでしょ!」
しかし目は口ほどに物を言うというやつで、フィアナが三郎を怖がっているのは明らかだった。
無理もない、三郎はおとなしいとは言えフィアナよりも大きな大型犬だ。
ともすれば成人男性でも噛み殺すこともできるだろうその巨体は、フィアナが怖がるのに十分だったのだろう。
そしてクソガキが怯えるということは、俺が喜ぶということでもある。
あれだけ俺を罵倒した相手がビクビクしているのを見るだけで心が癒やされている。
「よし行け三郎! フィアナを地の果てまでも追いかけろ!」
といって三郎をけしかけようとしたが、三郎は「それはちょっと、品性を疑うわー」みたいな顔して俺を見上げた。
三郎をけしかけてストレス発散する作戦は失敗に終わった。
「ああそうだ。フィアナさん。ちょっといいですか」
「何よ。あんたから話を聞く気はないわよ」
初手で会話を拒否られたが無視して続ける。
三郎をけしかけようとしたことが尾を引いているのだろうか。
「せっかくパーティを組んでいるのですから、一緒に行動しましょう。単独行動は控えてください」
「何でよ。薬草を探しながら歩くならバラバラに広がったほうが良いでしょ」
「……出発前にも言いましたが、私達は今、森の中の薬草の群生地に向かって歩いています。それまでは手分けして探す必要はありません。というか、この辺にはまばらにしか薬草は生えていません」
さてはこいつ、また俺の話を聞いていなかったな。
「まばらにでも生えてるなら、片っ端から取っちゃえばいいじゃない」
「非合理的です。薬草があるかどうかもわからない森の中を闇雲に歩き回るよりも有ると分かっている群生地を目指したほうが良い。これも出発前に言いましたが」
それに、フィアナが1人で行動して、怪我でもしたらいけない。
今回の新米冒険者応援サービスの指導役は俺なのだ。
たとえクソガキでも守る義務がある。
「安全第一です。バラバラに動くよりも一塊になって移動したほうが、魔物に襲われた時に身を守りやすい」
「一塊になった、それでさっきの醜態をさらしたわけ?」
「……あれは御愛嬌というかなんというか」
ハエトリグサもどきはそこまで危険性の高い魔物でもないし。
「それに、私の目の届かないところで死んでもらっても困りますし、できれば近くにいてほしいのですが」
「……でも、」
「フィアナがそばにいてくれたら、背中を任せられるんダケドナー」
「えっ……そ、そうなの……?」
おっ。
戯れにフィアナのことを褒めてみたら、すっごい棒読みでも嬉しそう。
これは押したら行けそうだ。
「そうそう、そうなんですよー。さっきの単独行動中も優れた観察力で周囲を警戒しててー。スゴイなーって思いましたねー」
「ふ、ふふん」
「ディロくんたちの危機にもいち早く気づいて跳んできたしー。仲間思いなんですねー。いよっ、いい女!」
「えへへ。もっと褒めなさい」
「髪が綺麗! 褐色肌が美しい! 細身ながら鍛えられたその体はまるでレイピア! しなやかで強靭、そして強い!」
調子に乗ってヨイショしたら、フィアナはますますふんぞり返って尊大になるかと思いきや、顔を赤らめて照れていた。
「いまこの場で頼れるのはフィアナさん、貴女だけです! どうか私にお力添えください」
「そ、そこまで言うなら、お前の言うことにも従ってやらないこともないわ!」
「彼女、騙されやすかったりします?」
「いや、そんなことは……どうだろう……素直なのは確かです」
すっかり調子を良くしたフィアナは、俺の忠言通り、他のメンバーと一緒に歩を進めている。
隊列は、先頭に道案内の俺とリーダーであるディロくん、中央にルルちゃんとソイくん、殿にフィアナ、といった感じだ。
三郎は周囲を適度に走り回りつつ、時々フィアナの後ろを歩いている。
フィアナは背後の三郎が気になって仕方がないようだが、背後の警戒ができるという面では悪くないことだろう。
「ちょっと褒めただけでここまで大人しくなるとは思いませんでした。さっきまであんなに嫌われてたのに」
「あー……この話をしたっていうのは、フィアナには黙っていてほしいんですけど」
ディロくんは意外なことを言い出した。
後ろにいるフィアナに聞かれないようにか、耳を寄せなければ聞こえないほど小声だった。
「フィアナは『雷霆の剣』のファンなんです。彼らが結成してからの快進撃は、イアリスの街のみんなの知るところです。勿論、フィアナも『雷霆の剣』の噂はよく耳にしていました」
「ははあ、なるほど。その憧れのパーティに厄介者がいるのが、耐えられなかったと」
だから彼女は俺のことを嫌っているのか。
と思ったが、どうやらそうでもないらしい。
ディロくんは続けて言う。
「いえ。フィアナは、『雷霆の剣』のファンであると同時に、アルマさんの大ファンだったんです」
「……ええ〜? それは無いでしょう」
「本当です。実際、少し前まではアルマさんの噂を聞くためだけに酒場に籠もって聞き耳を立てたりもして。フィアナの、貴方に対する情熱は傍から見ても異常でした」
ちょっと後ろを振り返って、フィアナの顔を見てみる。
三郎に尻を突かれて変な悲鳴を上げていたり、何が珍しいのか視線を忙しなく左右に動かしたりしていた。
いや、あれは周囲を警戒しているのか。
さっき彼女の偵察能力を褒めたから?
「フィアナは誰よりもアルマさんのファンでした。誰よりも貴方のことが好きでした。だから、悪い噂にも人一倍敏感で、数週間前にアルマさんが追放されると同時に『寄生虫』呼ばわりされるようになったとき、フィアナはその噂を誰よりも真に受けてしまったんです」
可愛さ余って憎さ百倍、というやつです。
そう言ってディロくんは話をまとめた。
なるほど、フィアナは俺の厄介オタクだったわけか。
……いやいやいや、納得いかない。
だとしたら、あんなに俺に向かって暴言を吐くのはおかしいだろうが。
釈然としないまま、その日は薬草をとって終わった。
■ ■ ■
・ディロくん
火炎の剣のリーダー。
幼馴染のフィアナとルルと一緒に冒険者になる夢を叶えた。
・ルルちゃん
もぐもぐ
・フィアナ
クソガキ → 厄介オタク
雷霆の剣が好きすぎて自分たちのパーティに「火炎の剣」と名付けた。本人は剣を使わない拳闘士。
・ソイくん
犬に嫌われがち
■ ■ ■
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