第3話

「どれもこれもしけてんな。もっと簡単で報酬が豪華な依頼とかないのかよ」



 なんてぼやきつつ、冒険者協会の依頼板を見上げる。

 この壁に針で止められた依頼書を受付に持っていけば依頼を受注できる、というシステムだ。

 街の人々が出す依頼の内容は様々で、素材の採集や行商の護衛依頼、果ては家の前の側溝掃除なんてのもある。

 掃除くらい冒険者に頼まず自分でやれよ。

 というか、冒険者に頼む仕事じゃないだろ。


 簡単で高額な依頼があったら、とっくに他の冒険者にとられてるか。

 冒険者間の依頼の取り合いは日常茶飯事だ。

 誰だって楽な仕事を望むだろう。

 BランクやCランク、つまり俺たちのような低ランク帯の冒険者においては特に、自分の能力に見合った仕事を取るための争いは過酷だ。

 Dランク以下の冒険者に至っては尚更。


 実際、午前中に側溝掃除をこなしてきた俺がもう一仕事するかと依頼板の前にやってきた頃には、めぼしい依頼はあらかた受注されたあとだった。

 側溝掃除とかマジで冒険者のやる仕事じゃない。

 今回の依頼主の家が馬鹿みたいにデカかったから掃除しなくちゃいけない面積もマジ広かったし、一体何年掃除してないんだってくらい状態も酷かった。

 朝のうちに依頼を二、三個消化できるかなーなんて思ってたのに、ブラシを握ってカピカピに乾いて固くなった泥と格闘するだけで午前が終わっちまった。



「はー……しょうがない、また掃除するか……」



 街の清掃の依頼を適当に二、三個見繕って依頼板から剥がす。

 やる気は出ないが、他に面白そうな依頼もない。

 どうせ金は稼がなくちゃいけないんだから選り好みもしてられない。








 「雷霆の剣」を追放されてから早数週間。

 明らかに金稼ぎのペースが落ちている。

 これまでA級冒険者様々のおこぼれに与っていただけに、いざ自力で稼いでみよと言われると、なかなか難しい。

 これまでバルトから貰っていた給料は仕事内容にもよるが月に金貨四十枚前後。

 退職金としてもらったのが色を付けて金貨百枚。

 そして今、俺が1人で依頼をこなしている、このペースで1ヶ月間働いたとしたら、大体金貨十二枚。

 エグい。

 数週間前よりも稼ぎのペースが三分の一以下になっている。

 これは非常にまずい。

 何が不味いって、弟妹に高額スパチャ送れなくなることが不味い。

 俺には可愛い可愛い弟と目に入れても痛くない妹がいる。

 二人には高等な教育を受けて欲しい、その一心で冒険者になって金を稼ぎまくって学費を賄っている。

 お陰で弟妹はふたりとも王都の一流の学校でお勉強できている。

 弟妹の顔を毎朝見ることができないのは少し寂しいけれど、彼らが自分の将来のために頑張っているのは兄として嬉しい限りだ。

 ちなみに、二人が通っている学校はただの教育機関というわけではなく、研究機関としての側面も併せ持つ、まあ日本で言う大学のような場所だ。

 二人はその学校で何かを研究しているらしい。

 手紙のやり取りで何を研究しているのか楽しそうに教えてくれるのだけど、学のない俺ではその内容がさっぱり理解できなかった。

 魔法関係のナニカなんだろうなーとは思う。

 それ以上は本当にわからない。

 俺は魔法使いじゃないし、この世界でまともな教育を受けたこともないから。


 でも二人が楽しそうなのでオッケーです。




 俺を追放した「雷霆の剣」は、まあ、相変わらず躍進を続けている。

 悲しいことに俺が抜けても何ら問題なくパーティは運営できているらしい。

 俺がやってきた事務仕事なんて誰にでもできるもんな……そりゃそうだよな。

 先日は討伐難易度がA級の森林熊フォレストベアの遺体を引きずって街に戻ってきた。

 巨体から繰り出される物理攻撃と毛皮による防御力、そして治癒魔法を扱うため生半可な攻撃は意味をなさない、などなど討伐が非常に難しい魔物だが、そんな森林熊もバルトたちを前にすれば逃げ惑うことも許されず殺されてしまうのだろう。

 先日クビにされた俺としては、哀れにも首を落とされた森林熊くんにシンパシーを感じてしまう。

 上手いね。ジョークが。うん。





「すいませーん。依頼を受けたいんですけどー」



 受付に行って依頼書を差し出す。

 カウンターの奥に座っているのは、異世界定番の美人な受付嬢……ではなく、むさ苦しいオッサンだった。



「おうよ。ちょっと待ってろよ」



 オッサンは手を伸ばして俺が差し出した依頼書を受け取り、気だるげな顔で依頼書に何かを書き殴り始めた。



「お前もよくやるな。午前も清掃の依頼を受けてたろ」

「ボルバさんの家の周りの側溝掃除ですかね。あれは体に堪えましたねぇ」

「若造がジジイみたいなこと言いやがって……どうだ、最近は」

「ぼちぼちです。やっぱりソロだときついですがね」

「ああ、クビになったんだっけか。ざまあねえな」

「急に辛辣ですね?」



 酷いな、俺だって必死に生きてるのに。

 オッサンはペンを止めて俺の方に向き直った。

 話し込むつもりのようだ。



「いつもクソ真面目な顔しやがってよぉ。お前、今何歳だ」

「二十になりますかね。よく若く、というか幼く見えると言われますが」

「背の低さも相まってそうは見えないな」

「今チビって言ったか?」

「言ってねえよ。言ってない。何だ急に」



 身長は俺のコンプレックスだ。

 それをイジるやつは許さん。



「まあ何にせよ若造だ。俺みたいなジジイとは違ってまだ未来があるだろう」

「ジジイだなんてそんな。まだまだお若いでしょ」

「ジジイさ。見ろよ、この額。年々後退を続けてるんだ。朝起きたら枕元に髪の毛が散らばっている恐怖なんて、お前はわからないだろ?」



 わかりたくもない。



「若いやつは良いよなぁ。髪の毛が豊富にあって。そのくせに髪の毛を大事にしないんだから、ジジイは若人の将来が心配で禿げ上がっちまうってもんよ」

「ははは。ハゲはもともとでしょう」

「今ハゲって言ったか?」

「言ってないです。言ってない。聞き間違いじゃないですか?」

「ほら、最近は染髪が流行ってるだろ。髪の毛を赤に染めたり青に染めたり果ては虹色だったり。町中を歩いてると花畑を歩いている気分になってくるぜ」

「色々あるみたいですねぇ。色だけに」

「黙れ。寒い」

「すいません」

「髪の毛を染めると、毛根が傷つくとかなんとかで禿げやすくなるらしいよな。まったく、若いうちから髪の毛を粗末に扱って、そんなんでいいのかね。年を取ってから困るのは自分自身だってのに」

「気をつけたいものですねぇ」



 適当に話を合わせる。

 早く依頼書にサインして手続きを終わらせてくれないかな。

 髪の毛の話とか興味ないんだけど。



「あー、話が逸れたな。まあ、なんだ。俺が言いたいのは、お前には髪の毛も将来もあるんだから元気出せ、ってことだ。『雷霆の剣』を追い出されたからって気を落とすな」



 俺の肩を軽く叩きながら、オッサンが励ますような口調でいう。

 元気づけようとしてくれていたのか。

 話が遠回り過ぎるだろ。

 なんで髪の毛の話を経由したんだ。



「ありがとうございます。頑張ります」

「だーっ! それだよ、それ! そのクソ真面目な態度だよ! お前なぁ、俺が激励してやってんだからもっと咽び泣けよ!」

「んな無茶な」

「俺が若かった頃はもっと元気だったぞ。酒を飲んで一晩中踊り明かしたり、無茶苦茶な難易度の討伐依頼に挑戦したり、色々馬鹿やってなぁ……その活気が! お前には無い!」

「酷い言いよう」

「お前が冒険者として活動しているとき! お前はどこかやる気がない! 冒険者たるもの冒険に夢を見て冒険に心を踊らせるべきだろうが!」

「ええー……」



 ダウナー系だったオッサンがむさ苦しいオッサンに豹変してしまった。

 め、めんどくさい……



「それはもう良いので! 依頼書の手続き! やってください、サインするだけでしょ!」

「あ、そうだ、そうだった。俺、お前に話があるんだったわ。すまんすまん」

「は? まだ何かあるんですか? 髪の毛の話はもう結構ですよ」

「金稼ぎの話だ」

「聞きましょう」

「よし。いい豹変っぷりだ」



 オッサンはカウンターの下をガサゴソと言わせて何かしらの書類のようなものを取り出した。

 これは、依頼書?



「B級冒険者、アルマ。冒険者協会から直々の依頼だ。受ける気はあるか?」

「そりゃもう、金になるなら何でも」






■ ■ ■


・受付のオッサン

筋骨隆々、質実剛健、頭部閑々。

実は元冒険者でかなりの実力者。

最近髪が薄くなってきているのが悩み。


・アルマ

ビックラブフォー弟妹。


・掃除してもらったボルバさん

「いいか冒険者さん、ステーキをな、ステーキをいつでも食べられるくらいになりなさい」


■ ■ ■

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