⑨-10 巫女継承の儀①

 翌日、早くに目を覚ましたアルブレヒトは朝日を見るために外へ出た。朝日を見つめるのも、既に日課になっている。レオポルトも起きてはいたが、男の日課を邪魔することなく、そのままベッドで寝返りを打つ。


 それは、いつもの朝と変わらなかった。


「ティトー……」


 外ではティトーが一人、空を、月の幻影を見上げながら一人で立っていた。薄暗く青に包まれた空間で、ただ一人たたずんでいる。

 声をかけたアルブレヒトにすぐ気が付き、視線を向けた。


「…………」


 ティトーは苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。その後でゆっくりと頷いた。


「……どうしたんだ。何かあるのか?」

「うん。ちょっと」

「大丈夫なのか? なあ、何かあるなら言ってくれ」

「大丈夫、今がその時だから。今を逃せば、もうチャンスはないもの」

「………………」

「それより、頼んだよ。例え儀式が失敗しても、中断されても、もう忘れないで。僕の事。小さな、僕を……」


 それだけの短いやりとりだった。

 アルブレヒトは返事をせず、ティトーを見つめていた。

 ティトーは天空を見つめ、朝日を見つめ、無言でその太陽が彩る天を眺めていた。



 徐々に暁色に染まる大地。

 赤く緋色の太陽が昇る。



 それが、運命の日の始まりである。



 ◇◇◇



 神殿は長い階段を上がり、その上にオーブが安置されているという。


 そこまではティトーと手を繋いだレオポルトが付き添い、その後ろにアルブレヒトとマリア、そして聖女アレクサンドラが控えていた。


 特に着替えや準備はなく、普段通りに行われることになっていた。それは幼いティトーへの緊張を解そうという、アドニス司教の計らいでもあった。


「ティトー様、それでは神殿へ向かいます」

「うん」


 不安そうに手を繋ぐレオポルトは険しい表情を浮かべたまま、ティトーへ頷いた。ティトーも口元を閉め、静かに頷く。


 アドニスが先頭に立つと、その後ろからティトーとレオポルト。そしてマリアとアルブレヒト。後方にアレクサンドラ=サーシャが並ぶ、ゆっくりと階段を上がっていく。特に観客はおらず、両脇を大勢の神官が一列に並び、一行を見つめている。あくまでも非公開という立場は変わらなかったが、ティトーはがちがちに緊張していた。


「見えました。あれがオーブです」


 そこには金色に光る球体が安置されており、宙に浮いていた。オーブからは時折泡が立ち込め、大気に触れては弾けて消えていく。


「あのオーブに両手をかざしますと、力が流れ込んできます。許容範囲の力しか引き出せませんので、エーテル酔いをする心配もなく、痛みもありません」

「…………」


 無言のティトーを心配したレオポルトが声をかけるが、ティトーは頷いただけだった。


「ティトー、大丈夫か」

「はい。お兄様」

「どうした、様だなんて。緊張しているのか?」

「緊張はしてる。ぼぼぼく、ああああ……」

「ティトー! 深呼吸だ。ほら、教わっただろ?」


 ティトーはアルブレヒトに教わった深呼吸を何度もすると、兄と繋いだ手を、名残惜しそうに離した。マリアも心配そうにその光景を見つめている。


「大丈夫だ。ティトー、兄はずっと傍にいる」

「うん。絶対だよ? どこか行かないでね」

「此処に居る。アルブレヒトも、マリアもいる」

「うん。ふう……。よし、じゃあ……いきます」


 ティトーは恐る恐るオーブへ手をかざす。オーブは静かに煌めくと、無数の光の泡となった。待ち焦がれていたかのように、光の泡はティトーの全身に集まりだした。金色に輝くティトーは不安そうにオーブへ手をかざし続ける。


「巫女の素質がなければ、はじき返されています。やはりティトー様はルゼリアの血を引く王女、そして新たな巫女の誕生だ」


 アドニス司教の言葉に、神官たちから歓声が上がる。サーシャを含めた一行だけが、ティトーを心配そうに見つめている。

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