⑧-5 すれ違う想い③

 レオポルトは、それでも尚食い下がろうとはしなかった。始まった感情と勢いは止まることなどできない。数年間、思い続けたわだかまりは肥大化し、飲み込もうというのに。


「…………父が。ベルンハルト王の決断は、そういうものじゃなかった。俺だって、お前やセシュール、フェルドの獣人たちを巻き込みたくはなかった。俺が個人でどうこうできる立場ではなかったんだ」

「違う! お前は、文でそんなことは一言も書かなかった。ベルンハルト王は、大陸の平和を願っていただろう。君も、父ベルンハルト王もそうだ。平和を願ったが故に、ルゼリアの略奪行為を」

「レオ、この際だ。はっきり言ってくれ。お前、何が言いたいんだ」


 レオポルトは俯くと、瞬時にアルブレヒトを睨みつけた。氷の眼差し以上の、鋭い視線だ。


「お前は立派だった。俺なんかより、ずっと誇りを持っていた王族だった。それは平和への誇りだった。大陸平和を願うベルンハルト王の誇りを、お前は大切にしていた。だから、大陸同盟の際に、互いの家族を引き合わせたのだろう。父と母を、仲を取り持とうとまでしていた。それが、なぜ。それを簡単に踏み躙った」

「…………」

「あのまま、侵攻が停止し、休戦協定をすべきだったと言っている。ベルンハルト王は、そう言っていたのではないのか。それを、お前はどうして破った」


 アルブレヒトは目を閉じると、笑みを浮かべる。


「アルブレヒト、答えろ!」


 隣の広間は静まり返っており、何の音も聞こえない。誰も居ないかのように、聞き耳を立てているのか。それとも、マリアがティトーの耳を塞いでいるのか。


「ケーニヒスベルク」


 アルブレヒトは静かに、その言葉を発した。


「もっと近くに国があれば。あの山を手に入れたいと言ったのは、俺だ」

「な、に……を」

「セシュールの、ケーニヒスベルクを手に入れたいと言ったのは、俺だ。俺がそう、ベルンハルト王へ進言した」

「どういう。セシュールを、攻めるつもりだったのか?」

「いや、そういう訳ではない。ただ」


 ケーニヒスベルク。それはセシュール国民の誇りであり、その霊峰があるからこそ、成り立つ国家であるのだ。


「ケーニヒスベルクが、もっと近ければ。アンセム領から近ければ。もっと近くに我が国があればと、そういったのは俺だ。その言葉に、頷いたのは父だ。ベルンハルト王は、お前が望むならと、そう言いはしたが、セシュールやフェルドへの侵攻は頑なに拒んだ」

「なんだって、そんな。お前、ケーニヒスベルクが俺たちにとってどういう存在か、わかっていただろう。セシュールうちへ留学していた時の、お前はどこへ行った」

「ケーニヒスベルクは」


 アルブレヒトはレオポルトを見据えると、姿勢を正した。もう後戻りはしないと、そう決めたのだ。

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