第八環「モノクロの日々」
⑧-1 朝焼け前の①
大国が大陸をむさぼった歴史が色濃く残るルゼリア大陸。その北西の山岳地帯がセシュール地域であり、セシュール国がある。
元々の呼び名はケーニヒスベルクであり、その名を呼びたくなかったルゼリア国によって、セシュールと名付けられた。
そんな両国は、連合王国時代という、暗黒の時期が存在する。
時はネリネ歴954年6月。セシュール国は北東、隣国であるフェルド共和国にほど近い時計の町。その名の由来はセシュール民でも記憶にないほどに、古い町だ。
深夜。手に銀時計を携え、大きな月の幻影を睨みつける男は、赤毛に赤目の長身男、アルブレヒトだ。
「漸く、真実がわかろうというのか。それとも、闇へと消すのか」
傍らで目を閉じ、男の呟きを聞く青年、レオポルト。青年が起きている事を知るアルブレヒトは、語りかけたのではない。
「俺の生存を知り、ルゼリアが動いたな」
それでも、レオポルトは何も答えず、目を閉じたままだ。そんな親友に語り掛けるわけでもなく、ぽつりぽつりとつぶやきを止めることなく、男は吐き捨てていく。
「だが知ったところで、ここにティトーがいる限り、奴らは動けない。ティトーの存在を知り、奴らはどう動く。なあ、大国を自称する、ルゼリア国よ」
「五月蠅い」
レオポルトは発言に応えることなく、男のように吐き捨てた。
「いいだろう。どうせ寝れないんだ」
「それは君だろ。僕と話したいのなら、そう言えば良いじゃないか」
「お前も寝れないんだろ」
寝返りを打ち、反対方向を見つめるレオポルトは、窓からの光、月の幻影の眩さを眼に入れる。
「戦争を止められたというのに、眠れぬ夜な訳がないだろ」
「そもそも、ルゼリアがセシュールに攻め、勝利できた記録はない。捏造以外はな」
「フッ……」
レオポルトは笑いを口にすると、そのままの体制で自らの手を首にかけた。
「奴らはどうせまた、自滅する。そういう国だ」
自虐的な物言いをするのは、レオポルトの半分にルゼリア王家の血が流れているからだ。かつて第一王子だった彼は現在、セシュール国ラダ族が族長の長子として存在している。
「そうだな。セシュールを怒らせれば、今度こそ滅亡するだろうな。なんせ、タウ族が黙っていない。アイツらは五月蠅いぞ」
「セシュールは残虐行為を行った過去はない。戦いは好きだが、戦争を嫌う。そんなことをしなくとも、収穫期を迎えれば誰も他国を攻めないし、侵入はさせない。田畑が荒れるからな。だからこそ、春と秋、そして大切な成育の時期夏は、鉄壁の守りだ」
月の幻影に掛かっていた雲が取り払われ、幻影は強く光り輝きだした。その光を、アルブレヒトは睨みつけると銀時計を撫でる。アルブレヒトもまた王子であった過去があり、その祖国は滅ぼされ、領地は全てルゼリア領だ。
「そうだなあ。何度もセシュールへ攻め込んだルゼリアは、その度にセシュールにぼこぼこにされ、兵士までもがセシュール民になり、人口が減った。それだけでなく、種植え時期になればセシュールの民は剣を捨て、鍬や鎌を持ち、戦場ではなく田畑を耕した。奴らは本気で闘って負けるというのに。いつも本気で闘わないセシュールを、奴らは潰すことすら出来ないな」
「戦場でも、田畑を耕して種を植えたなんて、よく聞いた話だからな。セシュールは本当に、狂った国だ」
お互いに笑みを浮かべ、月の幻影を鼻で笑うと、アルブレヒトは親友であるレオポルトへ向き合った。
すぐに月の幻影は雲に大荒れ、再びの雨雲を予感させた。初夏とも言える6月は、短い雨季を迎えるのだ。
「雨季は、ラダ族が一番強い時期だ。天候を操るのは迷信だがな」
レオポルトがゆっくりと起き上がるのを、アルブレヒトは無言で支えた。その支えを拒むことなく受け入れた青年は、手を強く握る。
「ティトーはラダの血を引く。風の、狐の民族だ。それが何を意味するのか」
「狐の民族って、獣人のような言い方をするんだな。俺はその感覚がよくわからん。獣人を悪くいうわけじゃないが、自らの民族を、そういう言い方をしていいのか?」
アルブレヒトは笑いながら、フェルド共和国の方角を見つめた。巨大な平原を有する共和国は、長年のルゼリアの圧政の元に歴史を辿ってきた。フェルドの獣人たちは気さくであり、奥手だ。だからこそ、ルゼリアの介入を許してしまったのだ。
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