⑦-9 緋色を求めて②

 レオポルトは声をかける事を辞めると、次の言葉を待った。眠ったままのティトーは寝息を立て始めることなく、再び寝言を呟いた。


「だから、約束をはたすんだよ」

「約束?」

「うん。約束したから。ゲオルクは、しあを幸せにして」


 ティトーは寝返りを打つと、レオポルトの方へ向くが、まだ目は閉じており、寝ぼけている。


「アルブレヒト、必ず帰ってくる。約束したの」

「ッ……! お前……」

「げおるくも、あいたいよね。しあも。ティニアだもん」

「ティニア?」


 初めて聞く名である。思わず声を大きくして、聞き返してしまった。


「ぼくはてぃにあじゃない」

「ティトー?」

「そのなまえで、よばないで!」


 ティトーは瞳孔が震えるほど目を開くと、冷や汗をかいたまま正気に戻った。目の前にいた兄を見て安心したのか、すぐに呼吸を思い出したかのように始めた。


「あ」

「大丈夫か、魘されて。いや、俺のせいか」

「うー、夢を見ていて」

「どんな夢だ?」


 ティトーは唸りながら、頭を抱えると首を横に振るった。


「忘れちゃった」

「そうか。忘れたってことは、それは夢だ。な? そうだろ」

「うん。おはよう、おにいちゃん。体、平気?」


 ティトーは心配そうにレオポルトを見上げると、その頭を優しく撫でながら、レオポルトはティトーの無事を心から安堵した。


「ティトーは、ティトーだからな」

「うん?」

「巫女に選定されなくても、瑠竜血値るりゅうけっちが測定されれば、自然とルゼリア王家に連なることになる。何もなくても、俺とお前は兄弟だ」

「瑠竜血値って? うー? 忘れちゃったかも。と、とりあえず着替えるね」


 ティトーは恐る恐る話すと、すぐにパジャマを着替えだした。レオポルトが上着を持ってやると、嬉しそうにそれを受け取って被った。


「ぷはー!」


 楽しそうに着替えるティトーを見ながら、レオポルトは語りだした。


「ルゼリア大陸がまだルゼリア大陸じゃなかった頃だ」


 ティトーは首を傾げると、子供ながらの返答をしながら、所謂体育座りして話に聞き入った。


「すっごい、昔なんだね」

「そうだ。ルゼリアが建国する前だから、丁度ネリネ歴元年の頃だ」

「今がネリネ歴954年だから……」

「千年前くらいだ」

「千年……」


 レオポルトはティトーの服の捲りを直すと、櫛で髪を梳かし始めた。外跳ねの寝ぐせはどうやっても戻らず、レオポルトは笑みを浮かべたまま、頭を何度も撫でた。


「竜が、この世界に生きていた頃、恩を受けたルゼリア王族は竜の血を賜ったという」

「賜るって?」


 前髪を梳かし終え、漸く支度を終えると、ティトーは兄へ振り返りながら、椅子へ座るように促した。レオポルトは無言で頷きながら、ベッドへ座ると、ティトーはその前の椅子ではなく、床へ座った。


「飲んだというのではなく、血族者となったようだ」

「竜と、結婚したの?」

「いや、竜が子供として生まれたというが、定かではないな」

「りゅう……。そんなことがあったんだね」

「その時から、ルゼリアの王族は竜の一族として、大陸の守護者を自称するようになったと云う」


 レオポルトは膝を軽くたたくと、ティトーは首を横に振った。その姿に残念そうにする兄は肩を力なく落とした。


「それから程なくして、教会の人間が測るようになったのが瑠竜血値だ。竜からの加護が計測される」

「僕にもあるの?」

「あるさ。俺になかっただけだ」


  レオポルトはその言葉を吐き捨てると、ベッドから立ち上がった。が、すぐによろけるとベッドへ項垂れてしまった。

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