⑥-13 エーディエグレスの森へ③

「アルも」

「いいのか?」

「だって、アルも喉乾いたでしょ」

「それは、まあ。でもお前が」

「僕もう飲んだもん。充分だよ」

「そうか」


 アルブレヒトが水を飲むと、丁度半分ほどの量が残っていた。冷たい水が喉を潤していく。と、途端に周囲が暗くなり、冷えた空気が森を包み込んだ。


「一雨来そうだ、ティトー。ここはもう」

「ぬああああああああああああああ」

「どうしたんだ!」

「あった、あったよ!」

「え?」


 ティトーは手元の草を引き抜くと、アルブレヒトの目の前へ持ってきた。見覚えのある、刃先が細く花のように羅列している草がそこにはあった。


「アキレア!」

「あった! アキレアだ! 蕾だよ! 君の言う通り、まだ咲いてなかったんだ!」

「蕾、一応開かせてもらおう。白がいいんだよな」

「うん! ごめんね、蕾のお花さん」

「ごめんな、蕾の花さんよ…………っと、これは」


 そこには、白い花びらが丁寧に折り重なっていた。


「「白だ!」」


 二人の声が揃い、森の木々を木霊させていった。すぐに二人で摘み取れるだけ摘み取り、袋へしまい込む。


「根は?」

「一応、取っていこうよ。マリアおねえちゃん、なんとかしてくれるよね」

「ああ。マリアならきっと調合してくれる」

「すぐにそれを持っていって」

「お前は」

「僕は大丈夫。約束したじゃん」


 ティトーは立ち上がらず、地面に座り込んだ。右足が赤く腫れあがっている。


「お前、その足!」

「僕はいいです。それより、早くお兄ちゃんに届けて」

「…………ティトー……」

「僕は大丈夫。木さんや草さんや、残ったアキレアさんがいるから。大丈夫だよ。一人じゃないもの」


 ティトーは目を潤ませた。その煌めきは増し、深淵の青を強くする。



 すぐに肩を震わせると、頬を濡らしてしまった。



「大丈夫。怖くないもん。大丈夫だもん」

「…………」

「早くいって、お願い。アル」

「ここを動くなよ」

「うん。足が痛くて、遠くまで動けないよ」

「一人で戻ろうとするな。必ずだ。約束してくれ」

「うん。大丈夫」

「辛いなら、怖いなら、泣いていいんだ」


 その言葉に、ティトーは嗚咽交じりで泣き出した。



 そう、ティトーはまだ若干6歳なのだ。



「ヒック…………」

「ティトー……」

「早く言って! お兄ちゃんに何かあるほうが、僕は怖い!」

「そうだな、俺もそれは怖い」

「約束だよ」

「ああ、約束だ。必ず届けて、すぐに戻ってくる」



「やくそく」

「やくそくだ」


 二人は自然と小指を合わせると、指切りげんまんをした。針まで数えなくとも、自然を指を離した。




 風が、木々をいたずらに囁かせる。




「アル、気を付けてね」

「ああ。お前も」


 アルブレヒトは何度も振り返りつつ、すぐに戻ってくると上着をティトーに被せた。


「待ってろ」

「うん、待ってる」



 アルブレヒトは今度こそ、振り返らずに来た道を目印をもとに走り出した。



「神様、山の神様。森の神様。天の神様。どうか、守ってください。アルを、アルブレヒトを。お兄ちゃんを。どうか、どうか…………」





 大地に、いたずらに雨が降り注いだのは、そのすぐ後だった――――。

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