〇番外編1-6 アンセム国の王子②

 大きな幻影が雲に隠れたころ、パーティー会場へ戻ったマリアはアルブレヒトの上着を羽織っていたため、注目の的になっていた。


「マーシャ、違うの。これは」

「お姉さまが汚らしいくせに、そんな上着を羽織るだなんて!」


 金切り声を上げ、マーシャは上着をはぎ取った。金平糖の包みが零れ落ち、中身が飛散した。


「汚らしい! おばあさまの赤毛だから、なんだっていうの! おばあさまはもう亡くなったわ! お姉さまの居場所なんて、存在しないのよ、汚らわしい!」



「何の騒ぎですか」


 バルコニーから戻ってきた王妃が、幼い王子を背後へ抱きかかえながら、兵士を呼び出した。兵士は慌ててマリアとマーシャを囲む。


「アルブレヒト様の上着を盗んだのです!」

「あなたがたは、マルティーニ家の」

「そうです! マーシャです。王妃様信じてください、この汚い姉は」


 王妃に食って掛かるマーシャに対し、兵士が遮断したことでマーシャの怒りは頂点へ到達した。


「汚らわしい! 私は、マルティーニ家の令嬢ですわよ! 気安く触らないで頂戴」

「アラン王子を避難させて下さい」

「アラン王子様、向こうへ行きましょう。ここは危ないです」


 幼い王子が兵に連れられて行ったころ、大騒ぎとなった現場に王とアルブレヒトも気づき駆けつけてきた。


「何の騒ぎだ」

「王様、聞いてください。この女はアルブレヒト様の上着を」

「マリア嬢、大丈夫ですか」


 アルブレヒトはマリアへ手を差し出すためにしゃがみ込んだ。マリアは気が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。アルブレヒトに抱きかかえられるように、震えながら床を見続けている。


「ああ、金平糖が」

「金平糖? そんな菓子を持ち込んだのですか? なんと野蛮な!」


 マーシャはマリアを捲くし立てながら金切り声を上げた。その光景に兵士がたじろぐほどだった。


「マーシャ・マルティーニ嬢」


 王が静かに声をかけると、マーシャは鼻息を鳴らしながら、ドレスの裾をつかんで優雅に挨拶をした。その光景に、兵士が更にたじろぐ。


「先に屋敷へ戻り、通達を待て」

「はい。そうさせていただきますわ」


 マーシャはズンズンと足を鳴らしながら、会場を後にした。残った会場の参列者やマーシャの取り巻きはクスクスと嗤いながら、マリアを蔑んだ。


「マリア嬢、もう大丈夫ですよ」

「申し訳ありません」

「いえ、それより……」


 アルブレヒトはマーシャが踏みつぶしても気にしなかった金平糖を手に取ったが、すぐにその場で砕け散った。


「食べ物を粗末にするなど、遭ってはならないことです。我が国では」

「わが国でも同じですよ、アルブレヒト王子」


 王は静かに頷いた。

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