⑤-15 暁のしらべ③

「むふふー! あったか、ほかほかなティトー!」

「ティトーまだ髪が、あ! ちょっと」

「かんせーい! しゅばばば!」

「まだ不完全よ! ちょっと~! 髪を乾かす魔法を」

「よ、よう。ティトー、おかえり」

「ただいまー! あれ、お兄様は?」

「散歩だ」


 アルブレヒトはそっぽを向いたが、その動きが逆であり、頬が見える。


「どうしたの、その頬! 真っ赤だよ!」

「あんた、どうしたのよ、その頬」

「あいつ、思いきり引っ叩きやがって」

「何よ、喧嘩? あんなに仲がいいのに。まったく、見てきてあげるわ」

「すまん……」


 ティトーは心配そうにアルブレヒトを見上げた。髪の毛についた雫が、ぽたぽたと滴り落ちる。


「お前、髪が乾かせてないじゃないか。ほらこっち」

「うわっぷ」


 アルブレヒトはティトーをベッドに座らせると、もこもことタオルで髪を拭いた。


「わごごごもももも」

「しゃべるな、舌を噛むぞ」

「むむむむむ……」

「お前なあ。ほら、乾かすぞ」


 アルブレヒトの詠唱から、一瞬で髪がふんわりと乾いた。


「魔法って便利だねえ。僕も習わなきゃ」

「そうだな。風魔法だし、すぐ使えると思うぞ」

「あ!」


 ティトーは窓辺まで走ると、キラキラとした目で外を眺めた。


「アルブレヒト! 夕暮れだよ!! お外、きれいだよ!」


 外は紫に染まり、青く美しいコントラストを見せていた。星々も空に高く見え、輝いている。


「ああ。綺麗だな。今日は割と早めに日が落ちたんだ」

「僕、夕暮れすき!」

「……朝日は」

「うん?」

「朝日はもっと綺麗だぞ。きっと、気に入る」


 ティトーは嬉しそうに笑いながら、窓辺に顔を近づけた。


「朝日も見たいなあ。起こしてくれる?」


 ティトーは夕暮れに染まる顔を、アルブレヒトへ向けた。アルブレヒトはティトーを眺めながら、瞳が反射で金色に輝くのを見つめた。


「それはどうだろうな。マリアが寝ているから」

「じゃあ僕、アルブレヒトと一緒に寝る!」

「いや、それはだな、あの……。お前のお兄様が、マリアと寝ることになるんでな」

「いいじゃん! マリアお姉さん、すっごくいい匂いした!」


 一瞬間を置き、アルブレヒトは全力で肯定してやった。


「そ、そうか……。良かったな」

「うん! お胸もね! こんな」

「ティトー、その辺にしておけ! な!?」


 ティトーは自分の胸で胸の形を作って見せると、アルブレヒトはこれだからお子様はと思いつつ、それらを肯定せず否定もしないように言葉も選んだ。



「うう? うーん、わかったあ~。……明日晴れるかなぁ」

「晴れるさ。夕暮れが綺麗だと、晴れるって言わないか?」

「そうなんだ! 晴れると良いな。明日からはサーシャお姉さんも一緒だし」


 ティトーは布団を被りながら、サーシャのケープの真似をした。


「サーシャお姉さん、凄く綺麗だったね!」

「そうだな。サーシャも一緒だな」


 アルブレヒトは綺麗なことについては何も言わなかった。元々母方の縁者であり、そんなことは考えたことが無かったのだ。


「ねえ、アルブレヒト」

「どうした」

「僕も、アルって呼んでもいい? ぼくも愛称で呼びたい」

「……ああ。構わない。好きに呼んだらいい」

「やったー! アル、アル!」

「ははは。わかったよ」



 夜の礼拝の鐘が鳴り響き、信者は自宅で祈りを捧げ、町は夜を迎える。

 そうやって一日が終わり、始まる。



 何気ない日常が、世界は続くのだ――――――。

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