第五環「黄昏は、ハープを奏でて」

⑤-1 邂逅①

 この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係がありません。


 =====


 セシュール国は山岳地帯が大半を占める、多民族国家である。自然豊かな国であり、霊峰ケーニヒスベルクへ祈りを捧げ、部族の守護獣に敬愛を向けるのだ。そんなセシュール国にとっての南東に、鐘の町、通称メサイアがある。


 美しい町にはフレスコ画が描かれており、セシュールの各守護獣信仰が色濃く残った町だ。そんなセシュールと教会=大国ルゼリア両国の文化が色濃く残る町が鐘の町、メサイアなのである。


 そんな美しい町に、腰まである美しい赤毛の女性が、神妙な面持ちで宿屋を訪れている。


「で。どういうことなの」

「マリア、アンリを責めないでくれ」


 鐘の町は別名メサイアという名がついており、セシュールでも珍しく教会が設置されているのだ。教会は鐘を奏で、町のシンボルとなっている。その教会の鐘が虚しそうに、午前の礼拝の時刻を知らせている。


「アンリって、レオポルトでしょ? セシュールの王子、レオポルト。今更違うなんて言わないわよね?」

「おうじ!? お、おうじ!? おおーじ?!??!」


 少年・ティトーは兄だと思っている青年が王子と聞くや否や、あたふたと大人たちを見比べている。


「あー。あれだ。整理させてくれ。順番に、だな」

「アル。もう限界だ。ごちゃごちゃになるから、名前を一時的に正そう」


 そういう青年は、窓の鍵がかかっているかを確認し、カーテンを改めて閉めた。薄い栗色の髪の青年は、一呼吸ののちに、瞬きした。そして、右目の眼帯外すと、見事なオッドアイで少年を見つめた。


「俺から話そう。アンリという偽名を使っていた俺は、レオポルト・ミハエル・アンリ・ラダ・フォン・ルージリア。その名の通り、ルゼリア王族の血を引いている。ただ、俺に王位継承権はない。俺の所属は、セシュールのラダ族・族長の息子ラダ・アンリ・レオポルトだ」


 レオポルトはマリアを見据えると、丁寧にお辞儀をした。しかしマリアは腕を組んだまま、苛立ちを隠せずにいる。


「で? この子は?」


 マリアは少年を睨みつけたが、少年は呆けていて、それどころではない。マリアの目線に気付くと、少年ティトーは慌てて服を整えると、兄レオポルトのようにお辞儀をしながら答えた。


「僕は、ティトーです。あの、お兄さんたちと一緒に、アドニス司教に会いに行くところです」

「そう。連れてってもらっている最中なのね。で、あんたは?」

「で? って……いうのは」

「赤毛の大男のことよ」


 そういうと、マリアはビクビクした赤毛の大男へ目線を走らせた。すでに焦茶色の髪ではなく、赤茶毛の男は赤い眼を向けると、恥ずかしそうに自己紹介となったが。


「あー。俺も、するの?」

「身元が不明じゃないの」

「いや、わかるだろ」

「ほっほう。口答えするのね?」


 マリアは腰に手を当てると、大男へ歩み寄った。雇い主とはいえ、女の尻に敷かれているのを見て、まるでゲテモノを見るかのような表情を浮かべるアンリ、改めレオポルトは、長身男の味方をする気はないようだ。


「あーあれだ。グリットこと、ア、アルブレヒト、です……」

「アルなんとかだっていうのは、僕知ってたよ!」

「だぁ~。あいつら本当に口が堅くないんだよ、ちょくちょく言い間違えやがって、本当に!」

「ティトーは偉い」

「でへへ~!」


 レオポルトはこれ見よがしにティトーを撫でた。そのままの態勢で、レオポルトはマリアを見つめた。


「それで、君は誰なんだ」

「私はマリア。は、あまり好きじゃないんだけど」

「それでも、今は答えてほしい。俺は答えた」

「そうよね。その、斬りかかったんだし」

「ひぃ!」


 ティトーは怯えながら、レオポルトの背に隠れてしまった。

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