第四環「フックスグロッケン」

④-1 ちいさな花との出会い①

 大国ルゼリアが幅を利かせる、その名もルゼリア大陸。


 その北西、山岳地域一帯をセシュール地方という。セシュール地方の眼席の半分以上は山岳地帯が占めており、名を霊峰ケーニヒスベルクと呼ぶ。その山々には多くの部族民が暮らしており、平地とは異なったコミュニティが形成されているのだ。比較的、涼やかな気候のこの地域では、実に賑やかな部族民が居るため、飽きることのない生活が待っているであろう。


 セシュール地方の南には噴水の町があり、比較的平地に作られた町では部族民だけではなく、異民族も多く住まう大切な町である。商いの拠点としても優遇されたこの街は比較的に広い面積を誇り、賑やかな町である。


 霊峰ケーニヒスベルクから降り注ぐ風は、この町の噴水の町へダイレクトに注ぐ為、礼拝の際は必ず訪れるべき町でもある。


 そんな噴水の町の小さな宿屋の一室で、とある三人が再会を果たしていた――――。



 ◇



 焦茶色の髪の猫癖毛の男は、少年の前に立ちふさがると、必死の形相で主を宥めようとしている。長身でありながら、小さな少年を守ろうと床にしゃがみこんでいる。


「お、落ち着いてくれ! 確かに本当に眠っていたんだ! 良く寝すぎて起きたなら、相性が良すぎたんじゃないのか!」

「ほ、ほんとうです。ぼく、ちゃんと寝てたよ……って、なに? どういうことですかああ! というか、グリット! 相性ってなんですかああ」


 少年は薄めの栗色の髪をオロオロさせながら、長身の焦茶色の髪を持つ男の背後から、前方で剣を抜こうとしている青年を見つめた。


「何だこの貧弱な少年は。こんな奴が、俺の弟なわけがあるか」


 冷たく吐き捨てる言葉にはただ一つ、落胆という言葉が合うだろう。

 アルビノである男は、白銀の髪と眼帯をしたまま、少年を見下ろしているものの、腰の帯剣から手を離す様子はない。


「お。お、おとう……と?」

「グリット。お前、タウ族から偽の情報を攫まされ、俺の所在を奴らに知らせたな」

「違う! 断じて違う! あいつ等は声が大きいが、約束は必ず守り通すだろう! 伝言だって、手紙だって、情報は絶対に漏らさない」

「それはそうだ。奴は次期族長候補の息子なんだ。そんな事では誰も付き従うことも、忠誠を誓うことだってない」


 アルビノの青年はそう言うと、髪を魔法で茶色に染め上げた。少年の栗色より、かなり薄まった茶髪だ。


「わ。髪色が!」

「何だコイツは。いちいち驚いて、髪の染め上げの魔法なんて珍しくもないだろう。何処の田舎者だ」

「やめないか! コルネリア将軍が送り出して来ているんだ、信じてやってくれよ」


 グリットは主人を宥めるものの、あまり効果はない。帯剣から手を離したものの、警戒は殺意ともとれる程、冷酷なまなざしを少年へ向けてくる。


「将軍は信用できる。だが、戦後から文の一つでも届いたか? どうだ、ないだろう」

「そ、それは……。お前、俺が言い返せないって解って言葉を選んでいるだろう」

「だからどうした。言いくるめられる君が悪い」

「あ、あの!」


 ティトーは自身の胸元へ手を伸ばしたが、金属音と共に青年が帯剣へと手を触れた為、怯えて手を引っ込ませてしまった。


「ひい!」

「やめないか! 子供なんだぞ」

「子供な事くらい、わかっている。無闇やたらに動くからだ」

「ごごごめんなさい、あ、あの!」


 ティトーは怯まずにもう一度手を指しだすと、また男帯剣へ手を触れた為、少年両腕を上へ伸ばした。


「わー、なにもしませんからー!」

「妙な動きをしたら、斬る」

「わ、わかりました!」

「お、おい……」


 ティトーはおずおずと胸のポケットからレースの付いた袋を取り出すと、青年は怪訝なゲッソリとした表情を浮かべる。しかし、袋から取り出された銀時計を見ると表情は一変した。


「お前、それ……」


 少年が話し出す前に、青年は人差し指をすぐに降ろすと、食い入るように銀時計を見つめ、グリットへ目配せした。


「ああ、本物だ」

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