③-7 でもそれは、とても幸せな④
「うさぎさん。うさぎさん。お命頂戴します。いただきます。ありがとうございます」
「ティトー、よだれが」
「まっまだ…………。美味しそうです、兎さんありがとうございます、あの、いただきますうううう」
ティトーは兎肉の串焼きを頬張り、もごもごしながら感謝を伝えていた。すぐにグリットと目線が重なり、無言で噛むと飲み込み、言葉を発したのだった。
「どうして……もごもご。食べながら……むぐむぐ、喋っちゃう」
「ははは。悪いってことは無いが、喉を詰まらせたら大変だからな」
「気を付ける」
「ほらスープも、もうういいぞ」
植物図鑑を基に摘んだ野草を刻み、スープにしたのだ。兎の骨や調味料と僅かに残った肉でダシを取った。
「熱いからな? あ、あついからまだ駄目だって」
「ふふふ。そうやるかなって思って、飲むふりをしました! 熱いのくらい、わかっているから、まだ飲まないですよーだ!」
お道化るティトーは、コルネリア氏やお姉さんの話をしながら、グリットにルゼリアでの生活の一部を話していった。言葉を言い換えたり選ぶところで、グリットは内心でルゼリアでの過酷な生活を思い知った。
手ごろに冷めたスープをゆっくりと飲み干すと、ティトーは再び兎の串焼きを頬張った。胡椒と塩だけのシンプルな味付けがティトーの好みに合った様だ。
「そのお姉さんが、コルネリアさんの養女なんだな」
「うん。ヘーゼル瞳だからって言ってたよ」
「そうか。元気そうだな。……で、跡を継ぐのか?」
「ううん。断る為に、ヘーゼルの瞳を持つ自分が養女になったんだって、言ってたよ」
「………………そうか。ついに断絶させるのか」
シュタイン家は古来より続いてきた家系であり、その血筋は三千年を超える。その血筋もかなり可笑しく、ヘーゼルの瞳でなければ当主になれず、ヘーゼル瞳であれば当主になれるとあって、ヘーゼル瞳の孤児たちが大陸中から集められ、婚姻によって続いていたのだ。
既に混血状態になっているものの、当主が断絶を決めれば、そこまでだ。
「遠縁はいらっしゃるけど、ヘーゼルの瞳がいないんだって」
「そりゃそうだ。そういう意味での、ヘーゼルの瞳ではなかったんだがな。変わってしまうんだ、皆な」
「寂しそうだね」
「そうだな」
グリットはティトーにしか分からないように笑って見せた。それがよくわからず、少年は何度も首をかしげるのである。
「眠れそうか。俺が番をしているから、ちゃんと寝るんだぞ」
「グリットは?」
「俺は大丈夫だ。三日くらい寝なくても」
「駄目だよ。寝てよ」
少年はテントへ必死に指を指し、寝るように促したし、それを譲るような素振りは見せなかった。
「明日の夕方には、もう隣の町だから大丈夫だ。本当に」
「だめ。また夜眠れなくなっちゃうよ」
「……………………え?」
「え?」
ティトーは首をかしげながら、そんなことは知ってるわけがないと思考を巡らせた。
「誰かと間違えたのかな」
「そうだろ。俺はお前と出会ったばかりだ」
「そうだよね、変なの」
ティトーはテントを少し開けながら、横になるとグリットを炎越しに見つめた。
「ねえ、少しは眠れるの?」
「昨日はちゃんと寝てきているから、大丈夫だ。無理もしてないから、な」
「明日ちゃんと、いっぱい寝てくれる?」
「ああ、ちゃんと寝るよ。……もしかして、一人だと眠れないか」
「うん。ちょっと寂しい。お話してくれたら眠れる」
「お話かあ」
グリットはだから絵本を買っておけばよかったと後悔したが、当然もう遅かった。
「なんでもいいか?」
「うん」
「じゃあ」
グリットは天空を眺めた。そろそろ夜空には星が賑やかさを増し、月の幻影が薄気味悪く発光する。白く、銀色に輝くのだ。
「とある令嬢が婚約した相手がいたんだが、相手が訪れた邸宅の主の妹と恋に落ち、そのまま結婚してしまって婚約破棄された話にするか」
「なあにそれ……」
ティトーはテントから顔を出したが、すぐに夜空に煌めく星々と同じような深淵の瞳で、グリットを見つめた。不思議そうに透き通った眼を向けている。
少年は小さく呟いたが、グリットは聞こえないふりをしていた。
少年も、何を呟いたのか。そもそも呟いたのかも気付いていない。
ただ、小さく零れ落ちたその言葉は、深淵に染め上げられて消滅してしまった。
満点の星空が、月の幻影の光に負けぬように輝き、青く白く輝き続ける。やがて消えゆく星々は、最期の時まで輝き続けて呼応し、そして消え去るのだ。
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