第三環「また平凡な約束を君と」
③-1 その知識を得た先に①
淡く虚ろげでいて、静かに佇む巨大な幻影がこの世界の月だ。古の時代から、ずっとあり続ける月、巨大な幻影は空にあり続け、やがて景色と同化した。
月が常に眺める大地には、火・水・風・地の属性の加護があり、それぞれの守護獣が加護を与えていた。光と闇の竜がそこへ混ざり合ったことで、様々な魔法が発明されては消えていった。
守護竜、守護獣に愛された大地は、それはそれは美しかったという。
これは、遥か遠く、とおいとおいせかいのおはなしです。
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大国ルゼリアが大半を占めるルゼリア大陸。その北西、山岳地域一帯をセシュール地方という。セシュール地方は面積の半分以上が山岳地帯、霊峰ケーニヒスベルクである。その山々には多くの部族が暮らしている。そのユーモラスさは他の民族では理解できない、素晴らしさを秘めているという。
「この再会の町はどのくらい前からあったの?」
真剣に世界知識を学ぶのは幼き六歳の少年ティトー。少年は栗色の若干薄い髪を靡かせながら、美しく青く煌めく瞳を持っている。
そんな輝かしい瞳を煌めかせ、目の前の男の話を興味津々に聞き入っている。
少年はごろつきに襲われ、負傷していたが朝方に漸く目を覚ましたのだ。ティトーの目覚めに、目の前の男だけでなく、保護した食堂兼宿屋の店主と女将は大いに喜んだ。
「そうだなぁ。詳しくは諸説あって、よく分かってはいないんだ。でも、ルゼリア民族のセシュールへの大移住の後に、ルゼリア人がセシュール人として生きた時代に共同で建てた貿易の町だと聞いている。セシュール国民となった者が、ルゼリア国民と貿易拠点で再会する。それが町の由来だからな」
焦茶の毛先が遊ぶ、猫癖毛の長身男は少年に地図を指しながら、子供であるティトーに対し言葉を選んで伝えていた。
男の名は、グリット。これは偽名であり、そのくたびれた風体は作られたものだ。偽らなければ、男は今を生きていけないのだ。正体がバレてしまえば、現在の主人に迷惑をかけてしまう。
「井戸がね、ルゼリアとは違っていたの。こう、棒の部分がね、ルゼリアには無かったの。暗い暗いところに桶を落としてね」
ティトーは
「うーん。俺はルゼリア国内に入ったことはないんだ。悪いなぁ。でも、多分汲み上げの方法がルゼリアは旧式なんだろうな」
「旧式?」
「今も昔も、ルゼリアは水に金が掛かるだろう? それは、魔法で水を汲み上げていたからなんだ。実質、水は無料だったんだよ。人力で汲み上げるならタダだったから、民は人力で何とか安く汲み上げようとしたんだ」
グリットはなるべくティトーが分かるように言葉を選んだが、ティトーは読書家ということで、それなりに言葉を知っていたので助かった。
「じゃあ、魔法師さんは儲からなくなっちゃったんだね」
「ああ、そうなんだ。それで結局、水を有料にして魔法師をタダにしたんだが、魔法師のプライドに反する、怒っちゃったんだ。多くの水属性師は大陸から出ていったって話だ。それでも、もう千年も昔の話だぞ」
「せ、せんねん!?」
ティトーは右手の指を一つずつ数え、そして左手を数え終えた所でグリットへ向かって驚きの声を上げた。
「指が足りない!」
「ははは。指が千本もあったら大変だろう」
「大変より、気持ちが悪いね。 面白いけど!」
無邪気にあどけなく笑う少年は幼い。そんな少年は先日、狼藉者たちに暴行を受け、痣が目立っていた。
「よし、今日はこんなところだな。また次の町へ行く道中に色々聞かせてやるよ。ルゼリアには噴水もなかっただろうしな」
「そういえば見たことなかったです。そうか、あれも魔法師さんがいないからなんですね。色々ありがとうございました、グリットさん!」
「グリットでいいぞ。じゃあ、おやすみな、ティトー」
「おやすみです! グリット!」
ティトーはトコトコ駆けていくと、部屋の扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。
「あ」
ティトーは首を横へ。左へ右へ傾けると、グリットへ振り返った。
「あの」
「どうした?」
「僕が開けないほうがいいよね?」
「え? いや、別に俺が開けてもいいが。どうした、腕が痛いか?」
「え、ううん。痛くないよ。あれ、でも、……なんだっけ?」
ティトーはもう一度、首を左へ、右へ傾ける。その光景が面白く、グリットは声を出して笑ってしまった。
「ハハハ。それ、タウ族が見たら大笑いしたよ」
「ええ~。末代まで語り継がれちゃいそう!」
「そうだな。それこそ、千年は語り継ぐぞ」
グリットはドアノブに手を掛け、そして思い出した。そして、静かに微笑むと、廊下から向かいの扉のドアノブに手を掛けた。
「グリットさん、まだ寝ないです?」
「ははは。さん付け戻ったな。いや、寝るよ」
グリットはティトーの部屋へ戻ると、入口で扉を持っていたティトーの頭を三度ゆっくり撫でて
「これなに? えへへ、コルネリア様もやってたから、嬉しいし、懐かしいな」
嬉しそうに照れるティトーは胸に秘めた銀時計を服の上から両手で包み込んだ。
「ああ、おまじないみたいなもんだよ。よい夢を。銀時計は、さすがに寝るときはテーブルに置いておけよ。寝てる間や朝寝ぼけたりして亡くすなよ。心配なら、預かるが」
「大丈夫! 女将さんにね、布袋を分厚く作ってもらったの。これを抱っこして寝るんだ!」
ティトーは枕元から可愛いレースの兎マークのついた布袋を見せてきた。桃色のリボンが付いている。小さな抱き枕になりそうだ。
「そりゃまた可愛い袋だ。よかったな。じゃあ、明日の朝に発つからな。おやすみ、ティトー」
「おやすみなさい! グリット!」
グリットが部屋から出ていき、ドアが静かに閉められた。ティトーは胸ポケットから銀時計を取り出すと、銀時計へ語りかけた。
「僕ね、もう大丈夫だよ。だから、ね、時計さんも安心してね。今袋に入れてあげるね。……どうですか、暖かいですか」
ティトーは丁寧に袋へしまい込むと、抱きかかえてベッドへ潜り込んだ。自然と部屋のライトが暗くなり、小さな豆の光が部屋を照らす。
「大丈夫。大丈夫だもん。ぼく、お兄さん、ぜったい、ぜったいみつけるんだもん。ぼく、ぜったい…………」
ぽつり、ぽつりとつぶやく少年はかつての育て親の言葉を思い出す。口に出して、言葉にすれば成らぬものも成るというのだ。
「だいじょうぶ。だ、いじょうぶ。きっと、みつかる………………」
月の幻影が、黒い雲に覆われる。それでも、巨大な幻影が輝きを失うことは無い。紫に煌めく夜空が、辺りを薄暗く照らす。
「だから、こんどこそ、あえる。…………あかい、おおきな……まるい」
柔らかな風がセシュールへ降り注ぐ。その風は、霊峰ケーニヒスベルクから流れ込んでは消えていった。
「ひりゅうの、きみ……………………」
いろんな話を聞き、勉強熱心だった少年ははしゃいでいたため、程よく疲労感がたまっていた。そして少年は深い眠りへ付くと、夢の世界で飛び跳ねていった。
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