①-3 では、ひとつのやくそくを③

 女将は男よりもくねった癖毛であるが、刺繍の入ったリボンと髪を編んで、後頭部に団子をつくって束ねている。

 セシュールでは最近になって流行してきたスタイルだ。セシュールの民にとって、髪型に男女は関係ない。ほとんどの部族民が髪を長く伸ばし、部族のシンボルである守護獣を刺繍したリボンを用いるのだ。その為、ただ束ねるだけでなく、よりリボンが目立つ、編み込みが流行るのだという。


 女将はカウンター越しに、厨房で忙しくする大旦那へ男が来たことを伝えると、肩をすくめながら、大旦那は男を横目で見た。


「おそよう」


 大旦那のその声に、周囲の客が呆れたように笑っている。男が町へきてから四日間はもれなく見られたものだ。旧知の夫妻と男は、結局のところは腐れ縁というもので繋がっていたのだ。

 女将は大旦那からパンとサラダを受け取ると、ココアを入れたカップにお湯を注いで運んできた。


「はいはい、いつものね。ただし、砂糖は二つで許して頂戴。砂糖の出荷量が減って、また入手しにくくなるらしくてね」

「砂糖が? いや、でもこれはヴァジュトール産だろう。島国は遠いし、そこまでの農作物被害があるとは聞いていない」

「それがねぇ、敬愛する隣島への献上品に、砂糖を選んだみたいなのよ」


 ヴァジュトールとは、ルゼリア大陸からみて南東にある南国の島国の事だ。そのヴァジュトール島からさらに北東、海を進んだ先に小さな小さな島国がある、それが景国けいこくだ。どういうわけか、ヴァジュトール国は隣島・景国を敬愛し、王家の次に尊いとしている。


「ああ、ヴァジュトール国は大戦に不参加と言っておきながら、王家に近い古参名家が出しゃばってたんだ」

「それも、裏でかなり首を突っ込んでいたな。国家の威信をかけて取り潰したところで、事実が変わることはない」

「隣の景国は、当然面白くなかっただろう。景国はいつだって、大陸には無関心なんだ」


 癖毛の男は笑みを浮かべたが、多くの者はそれを誤解しただろう。


「じゃあ、ご機嫌取りに砂糖を献上するっていうの? それで出荷量が減ったって・・・・そんなのあんまりじゃないか」

「景国だって、いい顔はしないだろうな。いつだって閉鎖的な国だ。だからこそ、砂糖なんだろう」


 彼らの話を聞いていた大柄な男が、カウンター席からこちらを振り返った。

 頭上には可愛らしい獣耳と長い頬髭が見えることから推察するに、セシュールの東にあるフェルド共和国から出稼ぎにきた獣人族だ。男とは何度か食堂で顔を合わせている。


「ヴァジュトール島民は、本当に変わっているよね。なんであんな陰気な島が好きなのかねぇ~」

「普段は商売好きの島国で、金儲けの事しか考えちゃいないのに。それにもかかわらず、景国、景国……あの国のためなら、出し惜しみはしないんだろう」


 この言葉に、同じくカウンター席にいた青年が「呆れた話だ」と、呟いた。

 青年はセシュール国の山岳地帯に住む、二大部族の一つ、タウ族の者だ。髪色は若干薄い茶髪だが、長い髪を後ろで束ねている。そのリボンは、タウ族ご自慢の鮮やかな黄色い糸による見事な刺繍が施されているであろう。

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