第1章8話 それぞれの決意
悠が智慧と一緒に智慧の家へと行っているころ、翔は学校のトレーニングルームで自主練にいそしんでいた。だが、いまいち自主練に身が入らず、何やら焦っている様子であった。翔は内心とても不安だった。最初の合同訓練の時、魔物と戦っている悠の姿を見て今の自分ではかなわないと思ってしまっていた。そこに、氷室が翔に声をかけた。
「よぉ翔じゃないか。こんな時間まで自主練か?精が出てるなってどうした?そんな浮かない顔をして。狙ってたゲームソフトでも売り切れたのか?それとも、推しのアイドルでも結婚したのか?」
「氷室師団長。ここにゲームソフトは売ってないですよ。それに俺、今までゲームしたことないですしアイドルのことはよくわかりません。」
「その年でゲームしたことないとはそれりゃあ珍しい。で、どうしたんだ?見てた感じとりあえずしている感じでいまいち自主練にも身が入ってないようにも見えたが。」
「お見通しですか。氷室師団長相手には隠せませんね。・・・氷室師団長少しお時間ありますか?」
「あぁ、ここでの用事も終わったしあるぞ。」
「少し相談に乗ってもらってもいいですか?」
「いいぞ。」
「ありがとうございます。実は・・・。」
翔は氷室に合同訓練時の悠の戦闘を見た時に感じたことを相談することにした。
「なるほどな。実力がほぼ横並びだったやつに追い抜かされて尚且つそこに大きな差があるようで内心焦っていると。それで、どうしたらわからずとりあえず自主練はしてるけど、これで合っているかわからないから身に入らないと。」
「はい。あの時の悠を見たとき今の自分では適わないって思ってしまったんです。判断の速さも瞬時に魔物の急所を狙う観察眼もそして状況に応じた戦法も。しかも、後で監視カメラの映像を見て気づいたんですけど、悠はあの状況下でも極力周りの物を傷つけないようにしたり魔物が自分のほうに来るように動いたりしてに戦っていたんです。俺にはそんな判断力も観察眼もないですし目の前の魔物を倒すだけで精一杯でした。」
それを聞いた氷室は一言
「確かに、俺もあの後にお前たちが戦っていた映像見たから悠の判断の速さも瞬時に急所を狙う観察眼のすごさを感じた。でも、それが何の理由になるんだ?」
「え?」
「悠がその場に応じた戦い方をしてたことに加えて周りのものを極力壊さないようにまでしたことがお前が立ち止まる理由になるのか?お前が誰と競おうが勝手だがな立ち止まる理由に他人を使うな。立ち止まるのはいつも自分自身だ。他の人がどうであれ理由にはならねぇよ。それに、他の人を気にして成長できないなんて面白くないだろ。」
その言葉に翔は心の雲が晴れたような気がした。
「そうですよね。悠がどれだけすごくたって俺が立ち止まる必要ないですね。ありがとうございます。もっと精進します。」
「よし20分だ。」
「え?」
「20分だけ稽古つけてやる。来い。」
「はい!」
この20分は翔にとってとても濃い20分となり、これからの訓練に一層力が入った。
一方そのころ、草薙家
「来てくれてありがとね。悠にお願いしたいことがあってね。2か月後に1年に1回開催されるの師団集合会議がここ東部で開催されるわ。悠には魔物が人間をロボットに変えている件の証言者として会議に出席してほしいの。」
師団集合会議とは、1年に1回開催される全師団長と副師団長が1か所に集まり魔物に関する研究結果の報告や今後の新人の育成など師団のこれからの方針について話し合う会議である。
「そうですか・・わかりました。流石に総司令様の家に呼び出されて総司令様直々にお願いされたら誰も断れませんよ。」
「よかった。悠ならそう言ってくれると思ったわ。ってその総司令様ってやめて。そんな他人行儀な呼び方で呼び合うような関係でもないでしょ。それに、距離が離れたみたいで寂しいし。あっそうそう、悠に渡さないといけないものもあるの。え~っと、あったあった。はいこれ。」
千代は思い出したかのように横においてあった自身のカバンから1封の封筒を取り出し悠に渡した。
「これは?」
「
「そうですか。中を拝見してもいいですか?」
「えぇ、大丈夫よ。」
「ありがとうございます。」
悠は封筒を開け、中に入っていた書類に目を通した。封筒には2枚の書類が入っていた。1枚目には、師団集合会議の詳しい開催日時や予定されている議題内容などが書かれた書類。そして、2枚目にはある通達書が封入されていた。
「なるほど。そういうことですか。わかりました。会議の日までには決めてこちらから連絡します。」
「ありがとう。でも・・その・・本当にいいの?」
「大丈夫です。今回の件から相手も本格的に動き出すことは予想できますし、俺もそろそろ覚悟を決めないといけませんからね。
悠は草薙家を後にした。
「お姉ちゃんいいの?悠兄の性格からしてこのままじゃ本当に・・。」
「それはあの子自身が決めることよ。私たちがどうこういう事はできないわ。でもまぁ、私個人としてはもっと学生らしく自由に生きて欲しかったけど。総司令としては、被害を抑えるために最善策を討たないといけないからこればっかりわね。」
悠が草薙家から自分の家に帰宅している途中、コンビニから出てきた翔とばったり会った。
「あれ?悠じゃん。今日は先に帰ったんじゃ。」
「今の家と智慧ちゃんの家は離れてるからな。智慧ちゃんの家での用事も終わったし今家に帰ってるとこ。翔は?こんな時間まで何してたんだ?まだ制服着ているってことは学校で自主練してたの?いつもは家でおじいちゃんと一緒にやってるっていってなかったけ?」
「あぁ、いつもはそうなんだけどな。今日は違うんだよ。今日はなんとあの氷室師団長に稽古つけてもらってたんだ。相談に乗ってもらっただけじゃなくて少ない時間とはいえ稽古までつけてもらって噂通りの面倒見がいい兄貴って感じたっだよ。あとやっぱり強かったな。当たり前だけど手も足も出なかった。」
翔は少し自慢げにかつ満足げに語った。この時の翔の顔には先程までの焦りや迷い、不安が感じられなかった。
「へ~氷室師団長がね。よかったじゃん。ためになった?」
「もちろん。改めて自分の長所と短所がわかったからとりあえずは長所を伸ばせるように訓練していくつもり。まずは、基礎体力強化と並行して俊敏性を上昇させる。次に、打撃力の強化に瞬時に戦況を理解して戦術を組み立てる戦闘IQを高める。他にも課題は山積みだ。それに、悠にも負けてられないからな。」
その時の悠は、はしゃぐ子供を見る父親のような今までにないくらい優しく微笑んでいた。
「よかった、元気になったんだな。」
「え?」
「翔、最初の合同訓練の後くらいから訓練中特に俺との訓練の時なんかは迷いとか不安がありそうだったから心配だったんだ。でも、その様子だったら迷いとか不安はもうないっぽいな。」
「え?俺そんなに顔に出てた?」
「だいぶ出てたよ。翔は隠せてると思ってたっぽいけど隠せてなかったから俺以外の人も気づいてたんじゃないかな?」
「まじかよ。」
翔は恥ずかしそうに顔を赤くして、その場にしゃがみ込み膝を抱えた。
「まぁ元気になったんならよかったよ。これで安心して行けるよ。」
「行ける?どこか行くのか?」
「いや、なんでもないこっちの話。あっそうだ。智慧ちゃんのお姉さんからこれもらったよ。翔にあげる。」
悠が渡したのは師団集合会議の関係者特別入場チケットだ。師団集合会議では各師団長と副師団長、各国の大臣ら以外にも特別に開催地域の育成学校の生徒数名が入場できるようになっている。
「え?これって師団集合会議の関係者特別入場チケットじゃねえか。なんで悠がこのチケット持ってるんだよ。大体こういうのは上級生の中で特に成績実技両方上位の人が選ばれるんじゃ。」
「魔物に関する有力な情報が入ったらしくてな。俺は証言者としてその会議に呼ばれてんだよ。その報酬みたいな感じでそのチケットをもらったってわけ。チケットは確か3枚くらいあったはずだから翔が誘いたいやつ誘えよ。同じ科の友達でも違う科の友達でも上級生でも誰でもいいらしいから。それじゃあそろそろ帰るな。夜遅くなる前に帰れよ。」
悠は家へと帰っていった。先程の悠の顔を見た翔は違和感を覚えた。
「悠のやつなんか寂しそうな顔してた気が。まぁ、明日も学校あるし明日聞いてみればいいか。」
しかし、翌日から悠は学校に来なくなった。
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