フラグが立たない!〜執筆したラノベのモブに転生したら、主人公とヒロインの恋愛フラグ折りまくっちゃった〜

こーぼーさつき

プロローグ

 物語というものは始まりがあって、終わりがある。物語とはピリオドを打つことで初めて完成するのだ。

 過言だと言われそうな表現をしたが、それほどに終わりというものは大切ということが言いたかった。

 終わりというのはプロローグと同じくらい大きな区切りなわけだし。

 感慨深さに浸りながら、定刻になったのを確認して、とある配信サイトを開く。


 『はーい! みなさんこんばんはー。南陽鈴役の――』


 そこで流れているのはライトノベル作品『リアルにもラブコメは紛れている』通称『リアれて』の最終巻発売前日記念ライブだ。

 要するに番宣である。

 この最後には重大発表もあります、という大きな触れ込みもあった。その影響か同時接続人数は五十万人を超えている。ライブ配信が始まったこのタイミングで。

 リアれてとたう作品がどれだけのビックコンテンツであるか。これを見るだけで伝わると思う。重大発表があるという触れ込みに釣られた層。リアれて原作勢。出演している複数の声優さんファン。ただこれだけじゃ五十万人という人数を集めることはできない。

 じゃあなぜそんなに人数が集まっているのか。それは単純明快。

 アニメ化が大ヒットし、国民的アニメ……世界的アニメとなったからだ。

 逆張りオタク以外は全員視聴済み、普段アニメ見ないような層も話題になっているからと見始め、お年寄りや小さな子供まで名前を知るようなアニメ。街中で無作為に「『リアれて』って知っていますか」と問えば九十九パーセントの確率で「知ってます」という答えが帰ってくるような作品。多分名前を聞いたことすらないという人を探す方が難しいほどの人気作である。

 ちなみにこのライブの終盤で発表される重大発表とはなにか。


 それはアニメ第四期放送決定!


 だ。


 三期の終わりである十巻から最終巻まで一気にアニメとして作るらしい。アニメ会社も裏方さんも。全員本気になっている。この時点で既に期待値が高い。


 ……。


 なぜ、内情をここまで知っているかって?

 だって私がリアれて……リアルにもラブコメは紛れている、の原作者であるからだ。


 ライトノベル作家というのは表に出ることはさほどない。

 顔出ししている作家さんは番宣に出たり、イベントで壇上に上がったりすることもあるが、私は違う。基本的にライトノベル作家というのは兼業している人が多い。本業の傍らで筆を執るという人が多いからだ。そして兼業作家は基本的に顔出しをしない。本業に支障がでることが往々にしてあるのだ。だから顔出しをしない。自分自身を守るために。

 それにライトノベル作家という職業は不安定な仕事である。否定らできない。これだけで食っていける人なんてごくひと握り。そもそも半分くらいは三巻ほど出版した時点でこの世界から足を洗ってしまう。というか三巻も出版できるなら万々歳。

 声優や歌手。そう言ったところと同じ括りにするのはいかがなものかと思うが、それでも厳しさとしてはライトノベル作家も負けていないと思う。

 実際ここまで名前が売れている作品を書いている私だって、本業を辞めるという選択ができていない。今は確かに収入は多い。こんなにもらっちゃって良いの? ってくらいに多い。

 ただ薄々勘づくところもある。これは一過性のものだろうな、と。調子に乗って仕事辞めたらこっちも落ち目になって稼げなくなるみたいな展開だって容易に想像できてしまう。大体リアれてが人気出ただけで、次回作が同様に人気作になるとは限らないし。

 まぁだから仕事は辞めないんですよって話。

 とはいえ、ライブとかは気になるのが原作者。というか観て感想をつぶやけって言われてるし。あと配信開始の告知もしろって。てか、今はポストか。

 放送中は基本的にエゴサ。#リアれて で検索をかけて、視聴者の反応を楽しむ。

 どれもこれも期待値高めな感想ばかり。

 楽しみにしてくれている読者やファンに。最高のプレゼントという名の展開を渡せたら嬉しいなと、願う。


 生放送は大きな問題もなく終わった。

 アニメ四期決定の発表時は関連ワードトレンド一位から十位まで独占してしまうほど。

 改めて、注目度と期待の高さを思い知らされた。

 「にしても、人気だよねー。鈴」

 リアれてのヒロイン枠である南陽鈴だ。

 彼女の名前がなぜかトレンド二位にランクインしていた。特別なにかあったわけじゃない。期待感の表れなだけ。

 キャラクターとしては天真爛漫な可愛らしい子。淡い色のポニーテールが特徴的。胸は小さく、ウエストは細く、背丈は主人公よりも少し小さいくらい。設定上は一六七センチとなっているが、実際は一七〇センチである。

 本人は背が高いということをコンプレックスだと思っているから逆に鯖を読んでいるのだ。それがまた可愛らしさをそそるのだそう。執筆当初はここまで人気の出るキャラクターになるとは思っていなかった。

 世の中わからないものである。

 イラスト投稿サイトでも常に投稿数上位に食い込む。健全なイラストもかなりエッチなイラストも。

 作者である私的には二次創作どんどんやってくれ! ウチの子をどんどん描いて、どんどん話を作ってくれ! という気持ちではあるものの、どうやらそうやって公言するというのは立場的によろしくないらしい。先輩作家さんと呑みに行った時にそうやって窘められた。

 だからSNSにあるビビッとセンサーが反応したイラストをこっそりいいねしていくだけに留めている。

 まぁ公に「やめてね」と言われているような作品じゃなきゃ作者としては嬉しいと思うよ。感想の嬉しさが十だとしたら、二次創作は百くらい。やっぱり二次創作ってただ好きなだけじゃ描こうとは思えないからね。イラストにしろ、SSにしろ。なんか私よりもこのキャラクターのこと知ってるでしょって人がいると複雑だったりするけど。でも愛されてるってひしひしと感じられるから結局嬉しい。そもそも版権は出版社保有なので権限なんてあってないようなものなのだが。

 鈴一強なのは少し気になるところである。これは編集さんにも口酸っぱく言われていたこと。リアれての登場人物で人気があるのは鈴だけ。他の登場人物は魅力的に感じないとストレートに殴られたこともあった。

 改善しようと巻数を積み上げていく中でゆっくりと軌道修正を試みるも、上手くいかずに今に至る。

 運も良く、世間に作品が知れ渡り、相対的に鈴の魅力が引き立った結果尚更人気が上がり、他のキャラクターは人気が出ないという悪循環。

 執筆時は苦悩していたが、終わってから考えてみると悪くはないなという結論に至る。作品によっては一切キャラクター人気が出ない作品だってある。ライトノベルだってのに。

 理由は様々。ありきたりで消費し尽くされたキャラクターとか、オタクに媚び過ぎてて一歩引かれるようなキャラクターとか、共感要素が一切含まれていない薄っぺらいキャラクターとか、キャラクターとしての深みが一切ないとか。

 そう珍しいことではない。

 一人だけでも人気が出るキャラクターがいる。それはまぁ幸せなことなのかもなぁと思うわけだ。


 発売日当日の午前七時。

 私はパソコンからSNSにログインして『おはようございます。本日リアルにもラブコメは紛れている最終巻が発売となります。各販売店さん用にSSも書き下ろしましたので、コンプリートしていただけると嬉しいです。ライトノベル版、リアれてのフィナーレをぜひ一緒に楽しんでください!』という文章をネットの大海原へと放り投げる。

 ひと仕事終えた。圧倒的満足感!


 「専業ラノベ作家ならここでベッドで夢の世界へレッゴーなんだろうけどなぁ」


 トースターで食パンを焼きながらぽつりと呟く。

 会社に向かわなければならない。あまりにも憂鬱だった。というか今日は仕事に身が入らない気がする。頭の片隅にずっとリアれての評判どうなんだろうっていう思考が浮かぶことになるだろうし。迷ったんだけど、やっぱり有給取るべきだったのかも。

 今から仮病を使って休もうかな。ご時世だし、熱があるんですーって言えば休ませてくれるはず。でも私がリアれての作者ってのは上司にバレてるからなぁ。お前熱無いだろって見透かされるかも。

 出勤すると、同僚のオタク共がパタパタと駆け寄ってくる。


 「完結おめでとう」「今日は一杯行こうよ」「昼休憩で回収してくるつもりだよ」


 と、次々に声をかけてくれるのだ。

 顔出ししていないからこそ、外で声をかけられるようなことはないので、こうやって生の声を聞ける機会ってのはありがたい。本当に作品を創っているんだなって実感が湧く。

 ここまで長かった。長かったからこそ溢れんばかりの達成感に脳が焼けそうになる。なるほど、これがギャンブルする時に出てくる脳汁ってやつですね。

 色々あったなぁと思い出に浸りながら席に座り、パソコンを起動させる。

 賞を受賞したのがすべての始まりだった。突然見知らぬ電話番号から電話がかかってきたと思えば「おめでとうございます」と言われたのだ。マジでなにがなんだかという感じだった。新手の迷惑電話かと切ってしまおうかとさえ思った。それから紆余曲折を経て出版。拾い上げではなく、銀賞ながらも受賞作品ということもあり注目度は高め。ライトノベル系インフルエンサーさんに取り上げられたというのもあって、発売日からぐんぐん売上を延ばし、すぐに重版決定。一巻の最初の最初から。知識の欠片もなかった当時はそういうもんかーって呑気なもんだったが、今ならわかる。凄いことだった、と。

 そのタイミングでもうコミカライズ化の話が舞い込んできた。その話を進めている段階で、アニメ化の話も来てます。まだどうなるかわからないけど、することになるかもしれないので頭に入れて置いてくださいと言われた。そこからは転ぶことなくトントン拍子に売れていく。まぁ編集さんにあれこれ小言挟まれてはいたが。首尾一貫してキャラクターの薄さを注意されていた。

 まぁそれも今日でおしまい。

 これからはリアれての監修の仕事をこなしつつ、新作のプロットを順次提出していく作業に移る。あ、あれ。もしかしてここからが地獄なのでは?

 デスクワークをこなしていく。やっているのは弊社のイベント企画だ。チェーン店で集客のためにアニメとコラボするイベント。今回はその企画リーダーに任命されたのだ。上司から「お前出版社とかけあってリアれての版権借りてこい」と言われてね。不思議な気分である。企画会議の時に「リアルにもラブコメが紛れているという作品は南陽鈴というキャラクターが人気なため、彼女を中心にしたグッズ展開をすることが望ましいと思います」とか淡々と口にするのは中々に苦痛だった。


 「先輩」

 「ん、どうした後輩」

 「リアれてめっちゃ炎上してますよ」

 「は?」


 キーボードを叩く手を止める。炎上されるのは色々困る。原作者としても、企画リーダーとしても。


 「あ、あれか。どっかの書店が特典付けなかったとかだね。店員さんだって人間なんだからさー、声掛けてあげれば良いのにね。店員さんが失敗したら鬼の首を取ったように責め立てないでさ」

 「いや、そうじゃなくて。内容で炎上してるみたいですよ」

 「最終巻の?」

 「はい」


 心臓がキュッと締め付けられる。


 一回り小さくなったわこれ。

 とりあえずSNSの確認。これは私用ではない。企画が破談になるかもしれないような重要な案件なのだ。というか後輩はなぜ炎上していることを知っていたのか。もしかしなくても、見てたな、SNS。

 職務放棄か、ポロった相手が私で良かったな。じゃなかったら今頃上司に呼び出し喰らっているところだぞ、後輩よ。

 と、ソワソワした気持ちに蓋をするように心の中でおどける。こうでもしないと平静さを保っていられなかった。

 SNSのトレンド。たしかにリアれてがトレンド一位になっていた。でもこれだけじゃ炎上しているとはいえない。なにせ最終巻の発売日だ。生配信だけでもトレンド一位取れるんだから、発売日にトレンド一位を取ったってなにも不思議じゃない。むしろ乗っていない方が不自然だ。

 ただ不穏なのはその下。

 そこには『鮭川寧々』という四文字の名前がトレンドにランクインしていた。リアれてのもう一人のヒロインである。

 その下には『南陽鈴』『負けヒロイン』『信じられない』『ファン軽視』というトレンドが連なるようにランクインしていた。

 つーっと変な汗が垂れてくる。

 ポチっと鮭川寧々をクリック。

 表示されるのは『ありえない! なんで鮭川がくっついてるわけ? どう考えても鈴がくっつくべきじゃん。ってか、誰だよ! 鮭川寧々って』とか『たしかに伏線はあったけども、本当に鮭川寧々と主人公をくっつけるとは思わなかった。ファンとして失望した。先生の次作は買わないかな』というような展開批判ばかり。『鮭川かよ! 鈴ちゃんが可哀想。原作者より私の方が鈴のこと知ってる。作者死ねよ』というのもある。

 スクロールしても擁護は出てこない。むしろ過激な言葉で私のことを攻撃してくる。批判の域を超えてしまっているものが何個もあった。ただの罵倒。暴言だ。

 あと最後のに至っては原作者である私に謎のマウントを取りにきてる。

 あのな、キャラクター設定を考えたのは私だからな。『キャラクター設定ノート』っていうA4のノートに一ページ丸々使って設定書き込んでるんだから。……もっともそのノートの所在は現在不明だし、付けた設定も半分くらいは頭から抜け落ちているような気がする。なに書いたかあまり覚えてないんだよね。なにを書いていたのか、ノートをなくした今、確認ができない。プロット書きあげた段階でこのノートはどっかに行ったのでもしかしたら初期設定と現在ではキャラクター設定違っている子が居るのかもしれない。悲しいね。

 まぁとにかく最後のはまともすぎる指摘だったかもしれないので一旦おいておくとして、原作読んでいない人もトレンドで結果を知り、それだけで敵を見つけ嬉々としながら叩き始める悪循環が発生している。

 正直多少の批判はあるかなと思っていたのである程度の覚悟はしていたけど、ここまで烈火の如く攻撃を喰らうことになるとは思ってもいなかった。私の宣伝用アカウントには大量の通知が溜まっていく。恐る恐る確認するとどれもこれも名指し批判の酷い内容。

 作家人生そのものを否定するもの、なんなら私という人間性を否定するようなものまで存在する。『先生的にこの展開が正解であると思うのであれば、一度人生をやり直した方が良いかもしれません』とか。


 「先輩大丈夫ですか?」


 後輩はモニターを覗き込んで問う。

 空元気で大丈夫と頷く元気もなかった。

 ラノベ作家という立場上、ネットでとやかく言われるということに関してはそこそこ慣れている。が、これはレベルが違う。慣れてるから大丈夫とかそういう次元を飛び越えている。

 「ここまで叩かれるとは思ってなかった。でも慣れてるから」


 とはいえ、落ち込んだところを後輩に見せたってなにか良いことがあるわけじゃない。慰めて欲しいわけでもないし。だから無理矢理すかしてみせた。


 「作品の流れはともかく、世論的には明らかに鈴ちゃんと主人公がくっつくみたいな風潮でしたからね」


 それはその通り。

 ちがうよ、と否定するのはお門違い。

 世間的にはそうなるのがベスト、そうなるべきというような雰囲気が流れていた。

 ただ物語という一点だけを考えれば鈴よりも寧々が主人公と付き合うのが妥当。そうなるように伏線を仕込みに仕込んでいたわけであって。

 こうやって感情論だけで非難の的になるというのは解せない。ミスリードさせるような仕込みをしていたのが悪いって言われてしまえばぐうの音も出ないのだが。

 悪いことをしてしまったのならともかくなにか悪事を働いたわけでもない。世間が望むエンドを描かなかっただけ。


 「それで叩かれるのかー。なら私いらないじゃん」


 見え透いた求められている展開をその通りに執筆する。果たしてその作品が面白いのか。疑問符がつくのではないだろうか。

 少なくとも展開が丸見えな話って私は好きじゃない。

 退屈でしかないから。

 ただそれは私の意見。世間的にはテンプレートが求められているのかもしれない。いや、こうやって叩かれている以上そうなのだろう。何回も何回も同じような話を繰り返す。あれ、これこの前どっかで見たような……そんな作品だって最近は多い。

 ただテンプレートをみんな求めているというのも事実。だから異世界転生系のネット小説が大量に商業化するのだ。

 異世界転生して、チート能力を得て、女の子に囲まれて、キャーつよーいって言われるように。自分の欲を満たすような作品ばかりが好まれる。

 このテンプレートから外れた作品は基本的に伸びない。ライトノベルを購入する層とマッチしないのだ。

 悲しいがこれが現実。売れたいならテンプレートに沿うべき。奇を衒うな。と、言われ続けていたりする。本当は鬱系の作品が書きたいのに、自我を殺して俺TUEEEE系ハーレム物を書いてる人だって私は知っている。

 執筆者と読者との間には、埋めることができないほどに大きな距離が生まれていた。

 とはいえさっきも言ったが悪いことをしたという自覚は一切ない。ご都合主義に持ち込んだという意識だってない。物語としてごく自然な流れで、エンディングを迎えただけ。

 だから謝るつもりはないし、これからも謝ることはない。だって悪いことをしていないんだもん。


 「なんというか……」


 後輩はかなり歯切れが悪い。なんなら黙ってしまう。


 「なんだよ」


 と、急かすと少し躊躇するような仕草を見せてから口を開く。


「せっかく完結してお祝いムードだったのに。先輩ご愁傷さまです……」


 一番心を抉ったのは読者による批判ではなかった。

 後輩の心遣いであった。辛い。





 昼休みになり、スマホを触ると編集さんから電話が来ていた。

 慌てつつ折り返す。


 「もしもし」

 『先生お疲れ様です』


 と、一コールで電話に出た。


 「炎上の件ですよね」

 『流石にわかりますよね』

 「そりゃまぁ。世間を騒がせているみたいですし」

 いやー、なんのことですかねー、と惚けられるほど鈍感ではない。

 『ここまで大きくなるとは想定していなかったので、これはこちらの責任です。申し訳ない』

 「いやいや、私もそれは同じですよ」


 謝罪されたのでこちらも軽く謝る。


 「だって今までのラブコメの傾向から考えても多少の炎上はあっても、ここまで大火事になるような話は聞かないじゃないですか」


 まぁボヤ騒ぎは沢山あったけど。ラノベにしろ、漫画にしろね。名前は出さないけどさ。

 どの作品にしろここまで大爆発というわけではなかった。

 想定外過ぎる。


 『そうですね。とはいえあの時とは時代が大きく変化しているというのもまた事実であり、それ自体は理解していたので、こちらの見通しの甘さというのは否定できないんですよ』

 「まだ、それはそうかもですね」

 『寧々と主人公の白鷹が付き合う。もっと前から匂わせておくべきでしたね』

 「伏線は沢山――」

 『伏線ではなくて匂わせですよ。キャラクター人気の高い鈴をブラッシュアップするのを控えておくべきでした』


 鈴を出しておけばお金になる。編集部も私もそう理解していたから、各方面のコラボや原作、外伝などで鈴を前面に押し出すべきじゃなかった。せめて寧々と横並びにしておくべきだったのだろう。鈴だけやたら推してしまったせいで、読者に余計な期待を抱かせてしまったのだ。

 反省点……なのかな。


 『とりあえず先生はしばらくSNS更新禁止でお願いします。今なにかつぶやいたところで火に油を注ぐだけですから』

 「沈静化するまで待機ですね。わかってます」

 『はい。お手数おかけしますがよろしくお願いします』


 妥当。

 こういう炎上は犯罪行為をしたと違って一過性のもの。

 黙ってしばらく待てば勝手に落ち着く。どうせ一日後には違う分野に興味が移っているのだ。最近は良くも悪くもコンテンツの消費が早い。


 「こちらこそなんかすみません」


 だから私は世間が落ち着き興味が薄れるまで、待つことにした。




 人生というものは甘くなかった。燃料を投下しなければ炎上しない。そういう認識であったが、炎上は留まることを知らない。爆発するように燃えて隣の家にも燃え移りまた轟々と燃える。

 鎮火の兆しはない。この世の中に鎮火という二文字は本当に存在するのかと懐疑的になるレベルだ。

 むしろここからさらに広がりそうな具合である。どこまで燃え広がるのか、と遠い目をしてしまうほどに。

 なんだか頭が痛くなってきた。

 作品の否定、私の否定、まるで今までやってきたことすべてが否定されているような気分に陥って、苦しくなる。

 タイムラインを眺めていると、炎上内容の過激さは増していく。

 私宛の手紙で脅迫文を書いてやるとか、家の住所や本名といった個人情報を特定するとか、ライトノベル全巻に火をつけて物理的に燃やしたり、寧々のぬいぐるみを車で踏みつけてボロボロにしたり。

 純粋に恐怖を覚えるようなものが増えていた。命の危険が間近にある。このままだと殺されてしまうのではと本気で危惧する。

 仕事が終わり帰宅する頃。外はもう暗く、同僚や後輩たちは飲み屋街へと消えていく。新刊発売記念の宴をするのだそう。本来ならば私も出席するべきなのだろうけど、丁重にお断りさせていただいた。

 状況が状況だからだ。私がいても多分気を遣わせてしまう。

 それにお酒を飲むという気分でもなかった。早く帰って、早く寝たい。そういう気分。

 アパートに到着。

 いつものようにポストを確認。白い紙がぴらっとポストからはみ出していた。


 「なんだこれ……」


 ポストから紙を取り出す。

 良くわからない企業からの広告であれば良かったが、入っていたのは広告ではなかった。

 ただのA4の白紙。それを裏返せばビッシリと黒文字が埋まっている。元々白い紙だったとは思えないほどに真っ黒に染っているのだ。


 『死ね。絶対に死ね。殺してやる。お前にも同じ苦しみ味あわせてやる』


 迫真のメッセージ。これでもかってくらい大きな文字だった。見て見ぬふりをして、紙をぐしゃっと丸めてポネットに紙をしまう。

 もう住所がバレているのかという焦りを心に宿しながら。

 ポストの奥に名刺サイズの紙が残っていることに気付く。

 正直触りたくないが、放置ってわけにもいかないので手を伸ばし、回収する。

 触れた瞬間にべっとりとした感覚が手のひらを襲った。顔を顰めながらも名刺サイズの紙に目線を落とす。


 『ずつとみてる』


 と、赤い文字で書かれていた。「っ」じゃなくて「つ」なのが怖さを増幅させる。


 「血……」


 手に付着した感触、色合い、香り。どれもインクとは離れており、血液であると言われれば納得できるもの。

 だから多分血液なのだろう。

 そっとポストにそれを戻して、部屋にあがる。


 「死ぬかも」


 監視されているかもしれない。一度そう思うと、その気配はずっと付き纏い拭えない。

 事実かどうかはどっちでも良い。そういう気がしてならない。そういう感じがする。気持ちの問題ではあるかもしれないが、その気持ちが私の心を着実に蝕んでいく。

 SNSを開く。もしかしたら拡散されているのかもという恐怖とともに。

 しかしパッと見た感じ情報が乗っかっているということはなさそう。

 安心できるわけじゃないが、それでもホッとひと息吐く。

 そのまま流れるようにタイムラインを眺める。


 『鈴を幸せにしなかった先生をわたしは許さない』


 というものが流れてきた。

 完全に恨まれている。

 その人のアカウントをタップして、内容の詳細を確認する。


 『許さない。敵を討つ』『死なないなら殺す。苦しんで死ね』『住所はわかってる。殺す、絶対に殺す』『家族を殺してから殺す。許さない。絶対に許さない』


 絶句。

 スマホを落として、固まる。


 「やり過ぎだよね、これ」


 変な笑いが出てくる。でもこれがファンの総意なんだなって思った。だっていいね数もRT数も五桁。

 バズっているの部類に入るほどの伸び。所謂万バズってやつ。

 少なくともそれだけの人数が同意したと言って良い。


 「それだけのことをしたってことかぁ」


 自分だけが苦しむのなら、耐えるだけで良かった。我慢するだけで、解決した。

 でも家族に被害が及ぶとなれば話は変わってくる。

 私のせいでなにか家族にあったら目も当てられない。

 後悔して、苦しんで、辛くなって……きっとこの人たちの思い通りになってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 思い通りにさせたくないって気持ちと、そもそも被害にあって欲しくないという気持ちが重なり合う。

 私が生きることで家族の命が脅かされてしまうのであれば。

 もう私の命は捨ててしまった方が良い。

 それでことが丸く収まるのなら。

 きっとそうするべき。

 だから。

 こうする。


 ――今日私は死んだ。

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