第19話 【酒吞童子】
重い。
A級の魔物の肉体ならば、容易く両断出来るほどの魔力を込めている。
しかし、【酒吞童子】の拳を押し切ることができない。膠着状態を押し切る術を探しているが、こうしている間にも、ヤツの体を纏う呪いの魔力を吸い込んでしまい、俺の体が蝕まれていく。
【聖なる炎】によって軽減されるとはいえ、口や鼻から瘴気を体内に入れてしまえば、その守りも突破されてしまう。
不快な感覚に襲われる。じりじりと拳に押し込まれていく。足が地面にめり込み始めた。このままでは不味い。
とにかく不利な状況から抜け出すため、距離を取ろうと試みる。
——————しかし、その判断は間違いだった。
後ろに下がろうと剣を引き、後退した結果、俺たちと未来との距離が近づいてしまった。俺よりも仕留めやすいと判断したのか、額に汗をかく未来へと、【酒吞童子】が襲い掛かる。
「——っ、未来!」
「大丈夫、行ける————!」
第七層で見せた、A級となって成長した能力。それを発揮できるなら、捌くことくらいできるだろう。力こそ強大な【酒吞童子】だが、人間の達人ほど技量はない。未来の剣の腕と戦闘センスならば、一撃を守ることなど容易い。
そう思った俺が、一拍遅れて酒吞童子と未来の方へ跳んだ。
――――だが、暴力の化身たる鬼の親玉は、予想を軽々と超えていく。
呪いによる体調の悪化に苦しみながらも、【酒吞童子】の右腕を横っ飛びで回避した未来。たった一撃で攻撃を終わらせるはずもなく、追撃として振るわれた左腕を受け流そうとしたとき、
「くっ……、ごほっ…………ぁ」
呪いの魔力を吸いこんでしまった未来が、一瞬硬直してしまう。そんな隙を、この鬼は許してくれない。その重すぎる一撃をもろに受けた未来は、手にしていた剣を話してしまい、さらに吹き飛ばされる。
好機。
危機。
お互いが真逆の判断をした瞬間、超速で戦況が動き始める。
「未来————!!!!」
廃墟となった寺院跡地の石灯籠にぶつかりそうなところを、寸前で受け止める。あの勢いでこんな硬いものとぶつかれば、いくら探索者といえど軽くない怪我を負うだろう。
俺への衝撃を殺し切ることはできず、背中に、まるでトラックにぶつかられたかのような痛みが走る。そんなことを気にしている暇などなく、抱えた未来を休ませられる場所を探す。
【聖なる炎】を俺たち二人に展開し、意識を失った未来をまだ比較的無事な建物の前に下ろす。
この一連の動作が完了するまで、約二秒。【限界突破】を使用することで【酒吞童子】よりも速く動けたことで得られた貴重な時間は、もう無くなった。
赤黒い肌を、赤き月が妖しく照らす。ただ照らされているだけではなさそうだ。筋肉質な肉体からも、さらに赤く発光している。禍々しい瘴気がさらに色濃くなり、呪いの魔力が強まっていく。
「これ以上未来に近づけるわけには……」
かかってこいと言わんばかりに仁王立ちする【酒吞童子】から、苦しそうに呼吸する未来に目を向ける。多分未来は、呪いへの耐性が低いタイプなのだろう。もっと早く、気づくべきだった。七層の【聖なる炎】で強化された状態の圧倒的な強さを見て、判断が鈍ってしまった。
とはいえ、この層から未来を抱えて逃げ帰ることなど、不可能だろう。【酒吞童子】に追いつかれない速度で、未来を抱えて、ここまでの長い道のりを逃げ切って裂け目へ飛び込む。そんなことを許してくれる相手ではなさそうだ。
「かかってこい。もし逃げれば、その女は殺す」
「お前、喋れるのか……!?」
「当たり前だろう、俺は【酒吞童子】だぞ。他の魔物とは
:喋る魔物……
:あんまり良くないけど、こいつかっこいいな
:なんかオーラがすごい
:未来ちゃん、大丈夫か……
「久しぶりに歯ごたえがあるヤツが来たんだ。邪魔されちゃあ困る」
「お前を倒せば、未来の呪いは回復するんだろうな」
「あの女か? 知らん。だが、そいつはもっと重いものを背負っているからな」
「何……?」
「もういいだろう。やるぞ」
「……わかった」
戦いに飢えた【酒吞童子】は、これ以上は待ちきれないという様子でギラギラと笑っている。今気づいたが、雲で月が隠れている今は、呪いの魔力があまり外に出ていないように思える。
「お前、月明かりで呪いの効果が変わるのか……?」
「……ふっ、自分で確かめろ。どうせしばらく雲なんてないがな」
その一言を最後に俺たちは構え、睨み合う。
戦場に、息を吸う音だけが響いている。
――――その直後、再び二つの力が衝突する。
「シッ――――!」
「ハァッ——————!」
【酒吞童子】の戦闘スタイルが、一撃一撃に必殺の力を込める戦い方から、膨大な手数で押し切ろうとする戦い方へと変わった。
先ほどまでよりも、断然やり辛い。
上下左右、縦、横、斜め。あらゆる角度から放たれる拳の嵐。弾いても回避しても、余波として生まれた風圧が俺を傷つけていく。
【聖なる炎】の治癒能力で徐々にふさがるが、無数に増えていく傷を治すことで魔力の消費が半端ない。
ましてや、月が隠れている今でこの状況。もし雲が晴れてしまえば、さらに俺は弱体化し、魔力の消費量はさらに増えていくだろう。
「どうした、その程度か————!?」
「なめんな……よっ!!!!」
A級に上がるまでの俺をずっと支えてきたスキル、【燎原之炎】を起動し、酒吞童子の猛攻をなんとか耐えながら、影で牙を研ぐ。
燃えろ、燃えろ、燃えろ。すべてを灰に出来るまで。
燃やせ、燃やせ、燃やせ。持てるすべてを燃料に。
より熱く、より強く。
【完全燃焼】、【限界突破】、【逆境超越】。このすべてが発動することで、劣勢の中でもまだ光は見えている。
————しかし、
「甘い!」
「クソっ……!」
極限の集中を要する駆け引きの中、次に取るべき行動へと脳のリソースを割き過ぎた俺に、【酒吞童子】の一撃が直撃する。
その瞬間、月を覆う雲が晴れた。
それはすなわち、
絶望を意味している。
「ガハハハ!!! なかなか楽しめたぞ。ここまで強かったヤツは初めてだ」
「くそ……!」
打つ手がない。遠くで未だ荒い呼吸を繰り返す未来は、距離を取れたおかげか、意識こそ戻っているが、戦える状態ではないだろう。剣に圧縮してチャージした【燎原之炎】の魔力だけが高まっていくが、当てようにも近づけない。
確実な一撃でなければ、アイツを倒し切ることはできず、徒労に終わるだろう。未来がいれば、どうにかなるかもしれないが……。呪いが邪魔してどうにもならない。
「終わりだ————!」
万事休す、絶体絶命。
どうにか抗うため、必死に思考を回し、迫り来る【酒吞童子】を睨みつける。
その時、頭に、電流が走った。
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