第17話 【呪縛の魔女】
進んだ先は、怪しげな洋館。
ゾンビ映画に出てきそうな場所で、傾いたシャンデリア、薄汚れた赤い絨毯、いつから灯っているか分からないろうそくの火が目に映る。
ヴァンパイアでも住んでいるのかと思うような、建物の中。
中央に大きな階段があり、その後ろには大きなガラス窓がある。雲に隠されていた月が露わになったそのとき、俺たちは階段の最上段に立つ、異質な存在を認識した。
————不気味な女が立っている。
顔が見えないほど深くかぶった尖がり帽子、古びたローブ、杖を支えにこちらを見下ろすように立つ姿。黒い魔力光を漂わせ、微動だにしない姿はあまりにも不気味だ。
「魔女……?」
「こんなの、どこにもいなかったぞ……?」
「また異界化みたいだね……」
:どうなってんだ、ほんとに
:最近の層、ほとんど全部異界化してないか?
:視界が悪い+さらに強い敵+未知のダンジョンとボス
:ハードどころかインフェルノモードだわ
:あんな禍々しい道だったし呪いが怖いな
:一撃食らうだけでデバフって普通にクソだよな
:さらに魔物によっては近づくだけで呪われる模様
攻撃してくる気配もなく、ただふわふわと浮いているだけの魔女を警戒していると、有益なコメントが流れる。
:今までの敵からするとこいつ、結構弱そうだな
:鑑定した感じ、名前は【呪縛の魔女】。A級クラスだな。
:存在感と威圧感がない
「とりあえず、焦らず行こ」
「了解。あんまり強そうには見えないけど、どんな能力かはわからないけど、名前が名前だし、呪い系統には気を付けよう」
「だな。行こう」
【聖なる炎】を起動すると、未来と俺はうっすらと金の炎を纏う。怪我なんてしていないが、なんとなく体の調子が良くなっている感覚がある。呪いにも気持ち程度は効果があるみたいだし、この魔女との相性はいいだろう。
「これ……すごい! このスキル、ほんとに凄いよレオ! めちゃくちゃ体が軽い!」
「そんなにか?」
「うん、これなら省エネモードでもあの魔女を倒せると思うよ?」
そう言い放った一秒後、白の魔力光を纏った未来が魔女の眼前で剣を振りかぶる。
「【星光の煌き】、【月光一閃】!」
星の光を纏いながら、剣を振るう姿はまるで天女のようだ。その俊敏な一撃に切り裂かれた魔女は驚くほどあっさりと消失した。
「もう終わり……?」
あまりの呆気なさに拍子抜けしていると、未来の足元に黒い影が蠢いている。その影はどんどんと大きくなり、形になっていき——————
「後ろだ! 未来!」
「————っ!」
階段の上までひとっ跳びで駆け上がり、未来と怪しげな影の間に入る。勢いのままにぶつかられて、黒い魔力が俺を飲み込もうとする。
しかし、展開していた【聖なる炎】のおかげか、すぐに離れていく。
「大丈夫!?」
「全然余裕、そっちは?」
「無傷だよ、ごめん、全然感知できなかった……」
「気にするな、それより、あいつ……」
奇襲に失敗した影は、だんだんと人型を形作っていき、先ほどまでの魔女の姿になった。
「こいつ、完全に消し去らないと駄目なタイプか?」
「かもね。ムカついたから、私がやっちゃうよ。レオは見てて」
「見ててって……大丈夫か?」
「Aランクになって、魔法の調子が物凄くいいんだ。それに、【聖なる炎】のおかげで体が軽い。もう余裕だよ。【魔力凝縮】【魔の祝福】」
そう言いながら、未来の魔力が高まっていく。前回の【雷鳴の獅子王】との戦いで、長時間チャージしたときと同じほどの力が、この一瞬で引き出されている。
ほんの一呼吸。
ただそれだけの時間で、太陽のように明るく大きな炎が未来の手の上に現れ、【呪縛の魔女】へ襲い掛かる。
暗い室内が明るく照らされたことで、魔女が張り巡らせていた、魔力の糸が視認できるようになった。【呪縛の魔女】という名前の通り、本来は糸で敵を苦しめていくであろう魔物の特徴的な要素を、完全に無視している。
影がどこにもないほどの輝き。それに照らされた魔女は、逃げることもできず、悲鳴すら上げることなく未来の炎に呑まれた。
洋館の高い天井を壊すほどの大きさの炎が、建物を破壊しながら震わせる。火が収まり、【呪縛の魔女】がいた場所には、灰しか残っていなかった。
:ええええええええええええええええええ
:やばすぎいいいいいいいいいい
:魔力ゴリラになってる……
:一瞬で出していい威力じゃないです
:A級探索者、強ぇ……
:A級ですが短時間でこんなことできません、ハードル上げないで……
:最上位探索者も見てます、と
「よーし、おしまい! ランクアップした私、どうかな? レオ」
「強い……。A級の敵は瞬殺だなあ」
:なんかおかしいくらい強くなってない?
:ランクアップするだけであの一瞬であんな威力の魔法出せるようなるもんなの?
:ランクアップで変わるのは身体能力とか魔力量だから、あんまり操作技術は関係ないはずなんですが……
「レオの【聖なる炎】と私の相性もの凄くいいかも! ちょっと試した時より明らかに調子がいいもん」
「良かった、にしてもここまでの火力を一瞬で出せるって……」
「A級になった時に出たスキルがかなり優秀でさ、星魔法の発動時間も短縮できそうなんだ! この間はレオに助けてもらってばっかりで、最大火力を叩き込むだけだったけど、ここからは私、もっと頑張るから!」
「俺の仕事がないくらい強いけど……」
「そんなことないよ。今回は相手が弱かっただけだもん。早く次に行こ?」
「一日一層ずつの予定だったけど、大丈夫か? 俺は力が有り余ってるけど」
「余裕余裕、このまま行けるところまで行こう? お願い」
「ほんとに大丈夫か……?」
どこか焦りを感じるほど、未来からは先に進みたい意志が感じ取れる。全く消耗していないなら断る理由などないが、少し不安ではある。
「わかった。ヤバくなったらすぐ引き返すからな」
「もちろん。死なないのが一番大事だからね!」
そうして、俺たちはボロボロになって崩壊した洋館を後にした。
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