1章 39話「ともに」




「ノアール」


 ギュッと抱きしめられるのと同時に聞こえてきた声と、頬に落ちてきた冷たい感触にノアールはゆっくりと顔を上げた。

 初めて黒い炎が現れた時と同じ、ポツポツと降る水滴が荒んだ心を潤していく。


「……ぜお?」

「何してんだよ、家無くなるぞ」

「な、なんで……」


 スゥ、と黒い炎がノアールの中へと消えていく。

 グリーゼオは涙で濡れた頬を、ところどころ焼き焦げた服の袖で拭いながら、少し寂しそうに微笑んだ。


「やっぱりおれ、納得いかなくてさ」

「……え?」

「依存、って言われたら確かにそうかもしれないけど……それでもおれはノアールのそばにいたい。一度決めたことを投げ出したくない。おれは、お前のことを守りたいんだよ」

「ゼオ……」

「つっても、今のおれじゃ全然守れてないんだけどさ……ノアのこと怪我させちゃったし」


 ノアールはブンブンと首を振った。


「そんなことない。そんなことないよ……私、ゼオがいなかったらどうなってたか分からないよ……今だって、ゼオが来てくれなかったら私、家族を……」


 その先を言葉に出来ず、ノアールは俯いた。

 あのまま暴走を続け、いつまでも炎を抑えることが出来なかったらこの部屋だけでなく家族の命を奪っていたかもしれない。

 そう思い、ハッと気付いた。水魔法があるとはいえ、得体の知れない炎に突っ込んできたグリーゼオの体が無傷であるはずがない。ノアールは慌ててグリーゼオの体をあちこち調べた。


「ゼ、ゼオは平気なの!? け、怪我は?」

「大丈夫だよ。ちょっと服は焦げたけど……」

「か、顔! 顔、火傷してる!」


 グリーゼオの右の頬に黒い焦げ跡を見つけ、ノアールはサーっと血の気が引いた。

 黒い炎がどんなものなのか、何も分からない。もしかしたら傷跡が残り続けるかもしれない。

 ノアールは罪悪感に押し潰されそうになったが、そんな気持ちを吹き飛ばすようにグリーゼオは笑ってみせた。


「これくらい平気だ。別にそれほど痛くないしな」

「ほ、本当に?」

「おう。それより、お前は早く着替えた方がいいだろ。ここに居ても危ないし、さっさと場所変えようぜ」

「う、うん……」

「それと、おれもノアと一緒に転校するから」

「いいの……?」

「いいよ。お前のことを傷つけたヤツらと一緒になんかいたくないし、仲良くやれるとも思わない」


 グリーゼオは立ち上がり、ノアールに手を差し出した。

 見上げる彼の瞳は、もう迷いを感じない覚悟を決めた眼差しだった。

 心の中にある黒い感情が消え去ったわけじゃない。何かのキッカケでまた出てきてしまうかもしれない。

 それでも彼と一緒なら大丈夫だと、不思議と気持ちが軽くなる。もう、グリーゼオのいない人生を歩んでいける気がしない。

 ノアールは、彼の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。



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