1章 27話「感謝」
「お疲れ様でした」
掃除が終わり、二人はミリエリが用意してくれたお茶とお菓子をいただいた。
部屋も綺麗になり、達成感もあってノアールは満足気に微笑みながらお菓子を頬張った。
「フロイズ様、お客様なのに片付けをさせてしまってすみません」
「いえ、おれから言い出したことですから。むしろ、なんかでしゃばって申し訳ないくらいで……」
「そんなことありませんよ。本当に助かりました。お嬢様は片付けても片付けても新しい本を持ってきて、あのようなことに……」
ミリエリはやれやれと言うように軽く首を横に振った。
この部屋を最初に見たときのことを思い出し、グリーゼオも呆れたように乾いた笑いを零した。
帰宅したときは沈んだ表情をしていたノアールも、今は明るさを取り戻している。
笑顔を浮かべるノアールの様子に、ミリエリは小さな声でグリーゼオに話しかけた。
「……少し心配してましたが、お嬢様が元気で良かったです。フロイズ様のおかげですね」
「そんな、ことは……ないですよ」
グリーゼオはミリエリから目を逸らし、紅茶を飲んだ。
少しは気分が晴れたかもしれないが、明日もまた元気でいてくれるかどうは分からない。
ノアールの精神的なトラウマに繋がる黒い炎のこと、大人たちが必死に調べてくれているが、一匙ほどの手がかりも見つかってはいない。
ゆっくり解決していけばいいと思っていたが、ノアールがそのことで心を病んでしまっては悠長なことも言ってられない。
「……フロイズ様、私は今日初めて貴方にお会いしましたが、フロイズ様がお嬢様のお友達で良かったと本当に嬉しいんですよ」
「え?」
「お嬢様はご友人も少なく、そのことが悪いとは言いません。本人も気にしておりませんから。でも、私たちは不安だったのです。このままお嬢様が一人ぼっちだったらどうしようと……」
「……それは、なんか分かります。おれが話しかけるまで、ずっと一人で本読んでばかりだったので」
「やっぱり……でも、貴方が声をかけてくれたおかげで、お嬢様は孤独でなくなりました。いつも楽しそうにフロイズ様のことを話されるんですよ。私も、それを聞くのが楽しみなんです。だから、ありがとうございます。ずっとお礼を言いたいと思っていたんですよ」
素直な言葉に、グリーゼオは目頭が熱くなる。
カイラスもそうだったが、ノアールの身内はみんなしてグリーゼオのことを褒める。そのことに、彼は何も出来ず不甲斐ないと思いながらも、嬉しいと心から感じてしまう。
泣かないように顔を伏せていると、俯いているグリーゼオに気付いたノアールが慌てて椅子から飛び降りて彼の元へ歩み寄った。
「ゼ、ゼオ? 大丈夫? 何かあった?」
「な、なんでもない……」
「ミリエリ、何があったの!?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。ちょっと目にゴミが入っただけのようですから」
「そ、そう。それだかだから……」
「そうなの? ホコリでもついてたのかな。あ、顔洗う?」
「大丈夫、ノアール。おれは大丈夫だから」
グリーゼオは顔を上げ、安心させるように笑って見せた。
気にせずお菓子を食べるように言うと、後ろ髪を引かれながらも大丈夫と言う言葉を信じてノアールは椅子に座り直した。
「すみません、ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、何だかすみません」
ノアールに聞こえないように、グリーゼオはミリエリに謝罪した。
お菓子を食べ終える頃、このまま夕飯も食べようというノアールの誘いは断り、馬車で自宅まで送ってもらった。
その道中、グリーゼオはこれからのことをずっと考えていた。
きっと先生たちで話し合ってくれているとは思うが、今後の魔法学の授業をどう進めていくのだろう。
少しでもノアールの心の負担にならないように、自分はどうしていけばいいのか。そう思いながら、ふとグリーゼオは何かに気付く。
「……おれも父さんの本、ちょっと見てみるか」
グリーゼオの父は黒い炎について心当たりがありそうだった。もしかしたら家に積まれている本の中に何か手がかりがあるかもしれない。
父はまだ仕事で帰ってこれそうにないし、連絡が何もないということは思い出したこともないのだろう。
グリーゼオはそれなら自分で調べた方が早いのではないかと思った。
ノアールのようにスラスラと読むことは難しいが、ただ大人しく待っているよりはいいし単純に勉強にもなる。
帰宅したグリーゼオは、さっそく父の部屋へと向かった。
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