1章 25話「気分転換」




「わぁ……」


 馬車に乗って十数分。初めて訪れたディセンヴィオ家の屋敷にグリーゼオは溜息を漏らした。

 貴族の屋敷に来たのは初めてではない。父親の付き合いで付き添ったことはあったが、それとは比べ物にならない大きさだった。

 それもそのはず。ノアールの父、ルーフスは公爵であり、王国騎士団長。雇う使用人の数に応じて屋敷もデカくなっている。そして敷地内にはヴィセンヴィオ家の護衛騎士団も雇用しており、そのための訓練場もあってそれなりの大きさとなっている。


「おかえりなさいませ、ノアールお嬢様。そして、お待ちしておりました、フロイズ様」

「あ、はい」

「お部屋にご案内します、こちらへどうぞ」


 ミリエリに案内され、グリーゼオはノアールと手を繋いだまま彼女の部屋へと向かった。

 女の子の部屋に入って大丈夫なのだろうか。不安を抱えていたグリーゼオだったが、ノアールの部屋のドアを開けた瞬間、その気持ちは吹き飛んでしまった。


「なんだ、これ」

「申し訳ありません。片付けても片付けても本が増えていく一方で……」

「や、約束は守ってるもん」


 ノアールは恥ずかしそうに顔を背けた。

 以前、ミリエリとした約束通り、夜遅くまで本を読むことはしていない。しかし日に日に増えていく本が片付かず、メイドとして困っていた。


「これ、全部読み終わったのか?」

「よ、読んだよ。でも後からまた気付いたことがあったりして読み返したくなるときもあるから……」

「なら要点をメモしてまとめるとか色々あるだろ。こんなに置いてたら何がどれに書いてあったか分かんなくなるだろ」

「うっ……」

「父さんもそうだけど、何でもかんでも溜め込むんじゃない。お前のことだし、何度も読んだ本なら中身覚えてるだろ。そういうのは戻して、必要なものだけ置け」

「う、うん」

「何だったらおれも手伝うから」

「は、はい」


 コクコクと何度も頷くノアールに、ミリエリは感心した。何度言ってもまだ使うからと言って片付けようとしない。そのノアールが大人しく言うことを聞いていることに感動さえ覚える。


「ノアール。お前さえ良かったら、今からやるか?」

「え?」

「気分転換になるかもしれないし……いや、お前の気分が優れないのは分かってるけどさ」


 グリーゼオは言いづらそうにしながらも提案した。

 ノアールの問題は精神的なもの。少しでも気が晴れればいいというグリーゼオの気遣いに、ノアールは心の奥がほんのりと暖かくなるのを感じた。


「うん、やろう」


 弱々しくも微笑むノアールに、グリーゼオは少しだけほっとした。


「ミリエリも手伝ってくれる?」

「ええ、勿論ですよ。というか、私は何度も言いましたよね? いい加減片付けてくださいって」

「ご、ごめんって」


 厳しく言いながらも優しい表情のミリエリに、グリーゼオは二人の関係性を垣間見た気がした。



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