1章 24話「一緒」
「ノアール!」
先生から連絡を貰い、カイラスが急いで医務室まで駆けつけるとベッドの上で膝を抱えたノアールが目に入った。
カイラスの声にも微動だにせず、右手でグリーゼオの制服の裾を掴んだまま。ひとまず怪我をしたわけじゃないことに少し安堵したが、魔法が使えなくなったことにここまで落ち込むとは思わず、掛ける言葉に悩んでしまう。
「カイラスさん……」
「グリーゼオ君……ありがとう、ついていてくれて」
「いえ、おれは何もしてないですし……」
「一応先生から軽く話は聞いたけど……改めて、状況を説明してもらってもいいかな?」
「……はい」
グリーゼオはノアールの様子を伺いながら、話し始める。
本人すら気付かなかった心の傷。正体の分からない黒い炎が、ノアールの心を酷く苦しめていた。
そのことに少しも勘づくことが出来なかったことを、グリーゼオは何度もカイラスへ詫びた。
何一つ非のない彼を責める理由なんてない。カイラスはグリーゼオを安心させるよう、優しく頭を撫でた。
「気に病むことなんて一つもないんだよ。ノアールも、そう怯えることはない。あの炎のことが分かれば、きっとまた普通に魔法が使えるようになるはずだから」
そっと肩に手を置き、柔らかな声を掛ける。妹がこんなにも気を落とすことは生まれてから初めてで、兄としてどう接すればいいのか分からない。今はとにかくこれ以上の傷を負わないようにしたい。
「おれも、父にあの炎のこと早く思い出すように言っておきます」
「あまり急かすようなことしたくはないけど……よろしく伝えておいてくれるかな」
「はい。あ、あの……それと……その、あのー……」
言いにくいのか言葉を濁すグリーゼオにカイラスは首を傾げる。
さっきまでとは違う、どこか照れたようにも見える表情からは何を言おうとしているのか全く読み取れない。
「お、おれ、ノアと一緒にそちらのお屋敷に行っても大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ。全然構わないよ。僕はまだ授業もあるし、君がノアについていてくれるなら安心だ」
「ほ、本当に大丈夫ですか? お、女の子の家にお邪魔して……」
「アハハ、そんなこと気にしているの? 普通に友達の家に遊びに行くだけじゃないか。別に二人きりになるわけでもないんだし」
「そ、そうですよね。おれが意識しすぎなのか……」
何を言おうとしているのかと思えば、そんなことを気にしていたなんて。カイラスは抑えきれずに大きな口を開けて笑ってしまった。
それを聞いていたノアールも、小さく肩を震わせて笑っているようで、グリーゼオは少し複雑だったがホッとした。
「それじゃあ、外に馬車を呼んでおくから」
「ありがとうございます」
「グリーゼオ君は? 家に連絡とか」
「ああ、大丈夫です。暫く帰ってこないんで」
「お忙しいのかな?」
「なんか珍しいものが見つかったとかってはしゃいでましたね。あのテンションだと一週間ぐらい仕事場に籠るんじゃないですか? 一応母さんがおれの様子見に帰ってきてくれるけど……」
「そうか……じゃあ、今日は泊っていく?」
「え?」
カイラスの提案に、バッとノアールが勢いよく顔を上げた。
特に言葉は発しなかったが、真っ直ぐグリーゼオのことを見つめてくる。この無言の圧力に反発など出来るわけもなく、グリーゼオはガクッと肩を落とした。
「わかったよ……でも、母さんに連絡してからな」
「ゼオ……ありがと!」
「うちに魔法鳩がいるから、それで連絡したらいいよ」
「わかりました」
魔法鳩とは、文字通り魔法で作られた鳩だ。手紙を持たせれば、送りたい場所を伝えればその場へと飛んでいってくれるというもの。
どの家庭にも一羽いるが、性能は異なる。一般的な魔法鳩は送るのに数分、遠い場所だとかなりの時間を有するがノアールの家にいる鳩は場所問わず一瞬で飛んでいける高性能な鳩だ。
魔法を覚えていけば個人へ念話を送って通話することも可能だが、グリーゼオはまだ覚えていないし互いに魔力の波長を覚えないとこれは使えない。
カイラスは既に念話を取得しているので、自分の世話係である執事に念話を送ってグリーゼオが屋敷に来ることを伝えておいた。
「じゃあ、屋敷の方には僕から先に連絡しておいたから、向こうに付いたら執事たちが対応してくれるから」
「は、はい……」
普通の一般家庭で育ったグリーゼオは、今から生まれて初めてメイドや執事のいる屋敷に行くことにほんの少しばかりの恐怖を感じていた。
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