過去の悪い恋が、新しい恋を怖れる理由にはならない。
鍛冶屋 優雨
第1話
俺の息子の泰明(やすあき)には彼女がいる。
おっと、正確には彼女だと思われる存在だ。
息子から正式には紹介はされていないからな。
でも、あの娘は小さな頃からずっと息子と仲がよく、泰明が小学生の頃、妻の夏菜子(かなこ)さんが亡くなったショックで、自暴自棄になった時もずっとそばにいてひたすら励ましてくれたんだ。
俺も昔、ショックなことがあったときに、友人だった(すぐに彼女になったけど)夏菜子さんがずっとそばにいて、慰めてくれたからな。
その関係を見ていると、俺としては、微笑ましくもあり、まだ付き合っていないのか、なんて焦れったさも感じる。
もう早く付き合ってしまえよ。お前たち!って感じだ。
〜〜〜〜〜〜〜
今日は仲の良い友人である金津の家に泊まる予定だったけど、金津が発熱してしまったため、今日は見舞いだけして、家に帰ってきた。
「金津の奴、アイスとかジュース買って持っていったらものすごく喜んでいたな。」
俺がドアを開けて、玄関に入るとそこには幼馴染である夕陽(ゆうひ)の靴があった。
「あれ?夕陽、来てんのか?確か、今日は金津の家に泊まるって言っていたんだけどな。」
夕陽は俺の小さな頃からの友達でいわゆる幼馴染ってやつだ。
夕陽は、ぱっとしない俺と仲良くしてくれるのが不思議なくらい可愛いらしい外見をしている。
夕陽と初めてあった場所は、小さな頃、両親に連れられて行った公園なのだが、そこで意気投合して、俺と仲良く遊ぶ仲になったんだ。
中学生になった頃から、周りからはもう付き合っているのか?
なんて言われていたけど、俺はまだ告白はしてはいなかった。
でも、手を繋いだり2人で買い物をしたり、映画を観たりしていたから仲は深まっていると思っている。
俺達は中学3年の受験生なので、夕陽と同じ高校に入学できたら、俺から告白するつもりだ。
俺は友人の家に泊まるための用意した宿泊セットが入っている鞄が重くなってきたので、鞄を自分の部屋に置くために、二階に上がる。
俺が二階上がると、亡くなった母さんの部屋から、微かに人の声と物音が聞こえる。
普段は誰も使っていない母さんの部屋から声や物音が聞こえてくるのを、俺は不審に思い、母さんの部屋の扉をこっそり開ける。
すると、そこには裸の親父と夕陽が、母さんが生前使っていたベッドの上で裸で抱き合っていて、2人はキスをしていた。
「おい!亡くなった母さんのベッドの上で何やってんだ!お前達は!」
俺は、自分の恋よりも、大事な母さんの思い出を2匹の動物に汚された感じがして、人生で一番大きな声を出したと思う。
裸の2人は俺の姿を見て、びっくりして動きが停まっており、2人とも大事な所すら隠さずにいた。俺は目の前が真っ暗になったけど、2人を睨みつけることで、なんとか意識を保っていた。
2人は
「これは・・・」
とか、
「違うの、やすくん・・・」
とかなんか言っていたけど、俺には2人が盛っている動物にしかみえない。
俺は気分が悪くなってその場で吐いてしまった。
吐いた俺を気遣って、裸の2人が近づいて、俺の背中を擦ってくるが、俺は
「クソが!近寄るな!」
俺は2人の跳ね除け、裸の2人や汚された母さんのベッドを見たくなくなったので、鞄を持ってそのまま一階に降りて、走って家を出た。
〜〜〜〜〜〜〜
「違うの、やすくん・・・」
私は、やすくんの顔が青ざめ、私達を見る目が汚物を見ているような目になっていることに気づいたけど、なんとか話を聞いてもらおうと思って声をかける。
私の顔を見るとやすくんは
「ウゲッ」
という声とともに吐いてしまった。
私達は裸のまま、やすくんに近づいて背中を擦るけど、やすくんは、
「クソが!近寄るな!」
と言って、一階に降りて行った。
「やすくん!行かないで!」
なんて言ったけど、やすくんには私の声が届かず、走って家を出て行ってしまった。
やすくんのお父さん・・・、泰一(やすかず)さんは
「おい!待ってくれ。」
なんて言いながら、慌てて服を着て、やすくんを追いかけて、出て行く。
私も急いで服を着て、やすくんが行きそうなところを探すけど、まったく見つからなかった。
私は夜中まで探して、もっと探そうとしたけど、女の子だからもう帰りなさいと泰一さんに諭され、家に送られて帰った、泰一さんは翌朝まで探したけど、やすくんはどこにも見つからなかったので、警察には翌朝、捜索願を届け出た。
〜〜〜〜〜〜〜
父親と幼馴染の夕陽が、性行為をしているところを見て、ショックを受けた俺は、家を出て思ったことは、あんな家に帰りたくないってことだった。
あの動物の2人が俺を探すかどうかは分からないが、あの汚された家に連れ戻されるのは嫌だったので、俺はとりあえず、遠くに行こうと思ったので、交通系ICカードの中にある残金で行けるところまで行こうと思い、近くの駅から電車に乗った。
財布の中には、ある程度の金はあるので、何日間か分の食事は問題ないだろう。食欲はまったくないけど。
俺は数時間ほど電車を乗り継ぎ、過去、父親や夕陽との会話では出てきたことのない駅に降り立った。
辺りは暗くなり、まったく見覚えのない道を適当に歩いていると、少し大きめの公園が見つかったので、トイレにも行きたくなっていたので、俺は公園のベンチで休むことにした。
翌朝、俺がベンチでぼんやり座っていると、目の前に知らない奴が人が立っている。
「どうしたの?そんなに死にそうな顔をして?何か辛いことでもあったの?」
目の前に、俺より少し年上の女性が立って、俺の顔を覗き込んでいた。
「何でもないですから。1人にしておいてください。」
「う〜ん。何でもないって顔をしていないけどね。君を1人にしておいたら、何かいけない気がするんだよね。」
女性はぽんっと手を叩き、
「そうだ!まず、自己紹介しないとね。私の名前は松井夏菜子っていうの。よろしくね。」
「俺の名前は・・・、」
目の前の女性につれられて、自己紹介をしようとするが、あの動物のような親父と同じ名字を名乗りたくないので、俺が言葉に詰まっていると、
「無理に自己紹介しなくて大丈夫!少年なんだから、名前を名乗りたくない時もあるはずさ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜
2週間後、俺は夏菜子さんと話をしていく内に自分を取り戻し夏菜子さんに諭され、祖父母に連絡を取って事情を話した。
そして、祖父母経由で父親にも連絡を取った。
父親からは一度俺と話をしたいとのことだったので、俺は夏菜子さんと一緒にあの腐った思い出のある家の近くにある駅前に立っていた。
「康(やすし)くん、大丈夫かな?2人に会うの怖くない?」
俺は夏菜子さんの顔を見て応える。
「大丈夫。夏菜子さんとも祖父ちゃん達とも話したから、もう少ししたら祖父ちゃん達もも来てくれると思うし。」
すると、遠くから祖父ちゃん達の乗っていると思われる車が近づいてくる。
俺は、祖父ちゃん達の乗っている車に手を振り、夏菜子さんと一緒に駅前の一般車両用の一時停止場所に向かう。
〜〜〜〜〜〜
俺達が家の中に入ると、そこは俺の記憶とは違って荒んだ光景が広がっており、ゴミ捨てはしていないのか、据えた匂いが漂っていた。
「康!」
俺の顔を見ると、父親が無精髭だらけの顔で俺を見た。
父親が俺に駆け寄ろとすると、祖父ちゃんが、
「このぉ!バカ息子がぁ!」
と叫んで、父親の顔面を殴り飛ばす。祖母ちゃんが止めなければ、もっと殴っていたかもしれない。
祖父ちゃんを止めている祖母ちゃんも父親を諭している。
「自分の息子が好ましく思っている女の子、しかも、中学生に手を出すなんて恥ずかしいと思わないの?」
祖父ちゃんが父親の肩に手をおき、
「お前のような奴には孫は預けられん。儂らが養育する!親権やら養育権やらを持ち出しても無駄だぞ。儂らも徹底的に争うからな。本当に息子の幸せを思うなら、お前は二度と息子に顔を見せるな。」
〜〜〜〜〜〜〜〜
その後、項垂れる父親をつれて、皆で幼馴染の夕陽の家に行く。
祖父ちゃんと祖母ちゃんに、お前には聞かせたくないことを話すから、家に入る必要はないと言われて、俺と夏菜子さんは、夕陽の家の前で待っていた。
しばらくすると幼馴染の夕陽が家から出てきた。
「やすくん!」
俺は夕陽の顔を見ると冷や汗が出て動きが止まってしまう。
だけど、隣で夏菜子さんが優しく手を握り、
「康くん、大丈夫だよ。私がいるからね。」
「ありがとう。」
俺は夏菜子さんの顔を見つめる。
俺たちの様子に夕陽は、少しだじろいだが、俺に再び話しかけてくる。
「やすくん、その女は誰かな?ずいぶんと仲が良いみたいだけど!?」
俺はできるだけ冷たく聞こえる声で話す。
「君に関係ないけど、紹介するよ。俺の彼女の松井夏菜子さんだよ。」
「えっ!やすくんは私のことが好きで、デートだって何回もしたじゃない!」
「いや、あの姿を見せられて、まだ俺が君のことを好きだと思われているのは不快なんだけど。」
俺は夏菜子さんの手をしっかりと握り、幼馴染に告げる。
「君がうちのくそオヤジと結婚しようが、別の男と付き合おうが関係ない。二度と俺の前に表れないでくれ。」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「父さん大丈夫?」
俺が昔のことを思い出していると
泰明が不安そうに俺の顔を見つめる。
いかん。いかん。
せっかく大学生になった息子の泰明が幼馴染の彼女、美弥子(みやこ)さんを紹介してくれたのに、恍けた父親では威厳がなくなる。
「すまんな。2人の馴れ初めを聞いていたら、亡くなった妻、泰明には母さんだけど、夏菜子さんのことを思い出したんだ。」
泰明と美弥子さんが小学生の頃、夏菜子さんは生きていたから、俺の話を聞いて少し寂しそうな顔をする。
「すまん。すまん。せっかく、2人が付き合い始めたのに湿っぽい話をしてしまったな。でも、夏菜子さんが生きていたら、絶対に喜んでいると思うぞ!」
俺が夏菜子さんに昔褒められて、今でも自慢にしている満面の笑顔を見せると、2人も嬉しそうに笑う。
俺は2人の笑顔を見ながら、天国にいるであろう夏菜子さんへの土産話を一つでも多くするために、周りにいる人を笑顔にして行こうと思った。
あの日、俺を笑顔にしてくれた夏菜子さんのように。
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