6 はじめての中流以上のパーティ
週末がやってきた。
パーティとはいえ、それ用の衣服を作る猶予もなかったので、レントレートとナナミの二人はヴァンプリアナの制服のままパーティに出席することにした。
初めて出る中流以上の吸血貴族が主催するパーティ。
レントレートは緊張で礼儀作法を忘れてしまいそうだった。
「レントレート様、パーティのお時間が近づいております。アイリーン様の別宅へ向かう準備は整いましたか?」
「ああ、大丈夫だ。確かヴァンプリアナの北東にある一般市民区画に別宅を持ってるんだったよな?」
「はい。そのように伺っています」
「そうか、それじゃ行こう!」
レントレートの腕は震えていた。
「はい。初めての中流以上の吸血貴族が主催するパーティですからご緊張なさるのも分かりますが、レントレート様ならば大丈夫ですよ。私がついていますから」
ナナミが優しくレントレートを励まし、先導した。
その言葉で、レントレートの心は少しだけ安らいだ。
ナナミがいてくれて本当に良かった、と心から感謝の念を抱いた。
パーティ会場に到着すると、そこには想像を超える豪華さが広がっていた。キラキラと輝くシャンデリア、優雅な音楽、華やかなドレスに身を包んだ吸血貴族たち。
そんな中で見知った顔を見つけた。
チエミさんとナイトの二人だ。二人共レントレート達と同じくヴァンプリアナの制服を着ていた。青色腕章をしていたのですぐに分かったのだ。
レントレート達も今日も腕章を付けていたので、なんとなく親近感が湧いた。
「チエミさん!」
「あら、レントレートさん!」
「チエミさんもアイリーンさんに招待されていたんですね?」
「えぇ……どうしても来てほしいと誘われてしまって……」
「それ、私とほとんど同じです!」
なんだ。アイリーンさんは他の生徒も似たような手法で誘っていたのか。
そう思うと、緊張が少しだけ和らぐレントレート。
「アデリーナさんは来ていないのかな?」
「はい。アデリーナさんにケイオス家のアルトランド様はご招待を断ったとお聞きしました」
「へぇ……上の階級の人たちが皆参加するわけじゃないのか」
レントレートがそう呟いたときだった。
「レントレートさん! 来てくれたのね!」
アイリーンが嬉しそうに駆け寄ってきた。彼女は深紅のレースドレスに身を包み、まるで薔薇の花のように輝いていた。
「アイリーンさん、招待してくれてありがとう」
レントレートは緊張しながらも、礼儀正しく挨拶した。
「さあ、みんなに紹介するわ。こっちよ!」
アイリーンは楽しそうにレントレートの手を引いた。
会場の中央へ向かう途中、レントレートは様々な視線を感じた。好奇心に満ちた目、警戒する目、そして……敵意に満ちた目。
「皆さん、こちらがレントレート・ヴァエルさん。
新入生で、既に赤紫色腕章を獲得した実力者よ」
アイリーンの紹介に、周囲がざわめいた。
「ヴァエル?あの準男爵家の?」
「ほう準男爵家が赤紫色腕章か」
「噂の新入生ね。あの新入生狩りを倒したとか…」
様々な声が飛び交う中、一人の青年が前に出てきた。
「へぇ、君が噂の新入生か。俺はエドガー・ブラッドクロウ。伯爵家の長男だ」
エドガーはそう言ってレントレートを見下ろした。
「よ、よろしくお願いします」
レントレートは丁寧に挨拶するが、エドガーは鼻で笑う。
「準男爵家出身が、赤紫色腕章だって? あの新入生狩り相手にどんなトリックを使ったんだ? 裏があるんだろう?」
エドガーの疑念に満ちた目から飛び出た言葉に、レントレートは戸惑いを隠せない。
「いえ、そんなことは……」
「エドガー様おやめください。レントレートさんは実力で勝ち取ったんですよ。そうですよね、レントレートさん!」
アイリーンが割って入ってそう微笑むが、なにか……なにか雰囲気が違う。
アイリーンの緑色の鋭い瞳が更にその鋭さを増してこちらを見ていた。
「ほう、実力で……」
エドガーは不敵な笑みを浮かべる。
「……ならば証明してもらおうじゃないか、その実力とやらを!」
エドガーの言葉に、場の空気が一気に緊張に包まれる。
「エドガー・ブラッドクロウは、レントレート・ヴァエルに決闘を申し込む!!」
エドガーがそう言い放った。
周囲はざわめきに支配され、アイリーンが「ウフフ……」と嬉しそうに、そして不気味に笑う。
「エドガー様」
そこに静かな声が響いた。ナナミだ。
「パーティの場で決闘を仕掛けるのは、礼儀に反するのではないでしょうか」
エドガーは一瞬、驚いたような表情を見せた。
「守護騎士か。しかもこの臭い……人間? 面白い組み合わせだな」
エドガーがナナミを興味深そうに睨みつける。
「いいだろう。この場に決闘委員会のメンバーはいるか!?」
「ふぁ、ふぁい!」
エドガーの呼びかけに一人の女の子が返事をした。
肩まである黒髪を束ねて結い、丸眼鏡をかけた女子だ。レントレート達と同じくヴァンプリアナの制服を着ている。
「なにか御用でしょうか? エドガー様」
「あぁ、決闘の日時を決定してもらいたい。この場で……ともいかないようだからな。後日だ」
「分かりました……それでしたら3日後の夜午前3時に、城の中庭で如何でしょうか?
ちょうどその時間帯は空いていますので……」
「いいだろう、お前はどうする?」
レントレートは問われ、「では私もその日時で構いません」と返事をした。
「こちらの要求はレントレート・ヴァエルの赤紫色腕章の奪取だ、そちらはどうする?」
「では……腕章の交換でお願いします」
「いいだろう。私の腕章は珊瑚色腕章だが構わんな?」
「はい……」
「では決闘方法は? 君はその人間の守護騎士に任せるのかいレントレート? まぁそれもいいが、少しは主の実力も見せてもらいたいものだな」
エドガーがそう言ってレントレートに侮蔑の眼差しを向ける。
「では吸血貴族と守護騎士の2対2の戦いで如何でしょうか?」
ナナミが静かな声でそう提案した。
「ナナミ!?」
「大丈夫です。レントレート様ならば……!」
ナナミの目からは確かな自信が感じられた。
「ふん、いいだろう。それならば主と守護騎士との2対2だ」
にやりとエドガーが笑う。
「それでは、決闘委員会から提案する決闘方法は一撃決着制になります。
なお、主と守護騎士のペア戦であることから、主が先に一撃を受けた場合はその時点で守護騎士が無傷であろうと決着となります! よろしいでしょうか?」
決闘委員会の女子が決闘のルールを説明する。
「あぁ、それで構わん」
エドガーが答え、レントレートも「はい、私もそれで……」と了承した。
そこにナナミが提案した。
「腕章の交換ですが、エドガー様達が負けた場合、守護騎士の腕章も交換して頂けますか?」
「フハハ! もう勝った時の話を考えているのかね? まぁ構わん! いいだろう」
エドガーはナナミの提案に笑いを堪えきれず、あっさりと了承した。
「ありがとうございます。私もレントレート様の守護騎士としていつまでも青色腕章というのもどうかと思っていたので……」
ナナミは淡々としているが、どうやら勝利を確信しているようだった。
「では3日後の夜に会おう!」
決闘の手続きを終え、エドガーは楽しそうにパーティに戻っていく。
「私、いまからレントレートさんの活躍が楽しみだわ!」
アイリーンがそれだけ笑顔で怪しく言って、エドガーのいる方へと消えていった。
「レントレートさん!」
チエミ達が駆け寄ってくる。
「とんでもない目にあったなレントレート!」
ナイトがレントレートの肩を叩き、レントレートは不安そうな目をナナミへと向けた。
それに気付いたのか、ナナミは「大丈夫です。レントレート様ならば必ず勝ちます」とだけ言って、レントレートを慰める。
「もしかして、アイリーンさんは最初から上位階級の人との決闘を受けさせるのが目的で、レントレートさんをパーティに誘ったのかしら?」
チエミさんが焦燥を隠しきれない様子でそう言うと、ナナミが「はい。変な決闘を挑まれる前にこの場を後にしたほうがいいかもしれません」と、提案した。
「まぁそうかもしれん。断ることは出来ることには出来るが、不名誉なことだからな!
上位階級の猛者と決闘して腕章を奪われればそれはすなわち退学を意味するわけだし……!」
ナイトが頭の後ろで腕を組みながら言う。
「え!? そうだったのか!? 退学!? 腕章を奪われると!?」
レントレートが驚きの声を上げる。
そんなまさか、ただ単純に最下位の生徒扱いになるだけかと思っていた!
「なんだレントレート、知らなかったのか?」
ナイトにぶんぶんと首を縦に振って答えるレントレート。
3日後の決闘を前に、思わぬ敗北の結果を知らされたレントレートは、ただただ不安を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます