第34話 通信。
自宅に着いて。
倒れるように横になり、泥のように眠った後。目が覚めると、見慣れた自宅の天井に「あ、ここはもう南部じゃないんだ」と少し驚いた。そうだ、昨日の夜に帰ってきたんだ。そう認識して、ホっとした心を慣れた肌触りの枕と掛け布団に包みこんだら。
ヒューの感触がふつふつと私に蘇ってくる。
自分一人では決して得られない人から与えられる熱とか感触が、ヒューが傍にいないのにこんなにも蘇るのに驚いた。
ヒューのためらうように力をこめてくる腕も、何かを伝えるように重ねられる唇も。
よく涙を溜めるあの赤い瞳も。目を閉じるとすぐに思い出せる。
だから。
わたしはまだ少し重たい身体をゆっくりと起こしてベッドから出て身支度をし、通い慣れた自分が所属する商会へ向かった。ヒューに渡した通信機の代わりを受け取る為に。
北部にいる商会長である義姉に商会の固定通信機から通信を繋ぎ、小型通信機の個人使用の許可を取る。「ニナが通信機を渡すほどの人とは……?」と聞かれたけど「南部のお土産はお酒と甘いものとどちらがいい?」と聞いて全てを誤魔化しつつ、許可だけはしっかりともぎ取った。
とはいえ、兄さんたちにはもうバレているだろうから、義姉に伝わるのも時間の問題だとも思いつつ、まだ全力で誤魔化していたいと思う自分の心にソワソワした。
正直、思い出すだけで蘇る体温の温かさと、ふとした瞬間に不安になる気持ちと両方がある。
手のひらのなかにおさまる大きさの新しい小型通信機を握りしめながら、ヒューの声を思い出していた。ヒューの仕事が終わる時間まで自宅でゆっくり過ごすことにしたけど。
高鳴る胸のリズムとは裏腹に、時間が経つのがやけに遅く感じたような気がした。
ゆっくりと昨日まで持っていた自分の小型通信機の番号を押して通信を繋ぐ。
通信が繋がった先の風の音が耳に届いて、それから戸惑ったような小さな「あ……」という声が聞こえた。
ヒューだ。
昨日話した時より、通信機越しの声は少し低いように思えた。
「ヒュー? 仕事終わった?」
「……うん、大丈夫」
「今どこで話してるの?」
「あ、……あのボイラー室のところ。あまり見られない方がいいんだよね?」
「そうだね」
「……姉さんには話してもいい? 魔力入れて貰わないと」
「うん。フィーはいいいよ」
「うん」
それから少しの沈黙が流れて。
「……な、なんか魔力も表情も見えない中で話すって緊張しちゃって。ごめん。ニナと話せてとても嬉しい。本当に嬉しいよ、ありがとう」
緊張しているような慌てた声で少し早口に話すヒューを、ただただ可愛いなと思いながら。
私はその声がしっかり耳に残るよう通信機を持つ手に力を入れた。
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