第6話 放出と吸収。


 整える? 人の体内の魔力を?

 そして私にのせたラディ兄さんの魔力を、他に整えている人がいるってこと? つまりそれって。

 それがヒューには見えているの……?


 あまりに聞きたいことだらけで、私は急いてしまう心を落ち着かせたくて1回大きく息を吸い込んだ。

 そして改めてヒューに向き合う。


「北の当主は双子です。当主のラディ兄さんは魔力もち、宰相のジェス兄さんは魔力なしです」


 これは公開されている情報なので答えた。



「あぁ。……たぶんね、これ、ご当主の魔力をのせているのはご当主本人からかな。そしてきっと宰相が一回吸収して馴染ませて整えているよ。そうしないと人の魔力をのせることは基本的には出来ないから」


「吸収して、馴染ませる……?」

「うん。ニナに魔力をのせるとき、宰相がニナの手か身体のどこかに触れてない……? 整えて馴染ませるのは、どこかに触れていないとたぶんできないから」


「あ……、普段はほとんど話もしないジェス兄さんが、昔私が事故の時に痛めた足首だけは定期的にケアしてくれていて。もしかして、それ……?」

「足首? またすごいところからやるんだね。でもきっとそれがそうじゃないかな。じゃなきゃ、ここまで人の魔力が綺麗に整って馴染まないはず」


「本当に? でも何でそれをヒューがわかるの?」

「その宰相と俺は同じかもしれなくて」

「……え?」

「まだ仮説なんだけど」


 そう前置きして、ヒューは説明を続けてくれた。



「魔力量が多いと、調整して整える人がいないと体調を崩しやすい。うちの姉さんの魔力の調整をしているのが俺なんだけど、たぶん北のご当主と宰相もそうじゃない? 当代一と言われる使い手なんでしょ、魔力相当多いはず」


「あ! だから兄さん達も四六時中ベタベタしてるんだ……!!」

「……ベタベタか、あ、はは! 俺らもベタベタしていることになっているのかな」

「兄さん達はお父さんにベタベタし続けたいなら結婚しろ!って言われて二人とも結婚したぐらい」

「ははっ! そうなんだ……!!」


 心底おかしそうにヒューは笑っている。


 失礼かもと思ったけれど、これがベタベタしている以外の表現方法があるとは思えなかったのでそのまま続けた。



「私、中央の魔力研究所で魔力の研究もしていて。魔力のないジェス兄さんが、当主のラディ兄さんを何らかの方法でヒーリングや調整をしているのかな……とは思っていたんだけど。まさか私にもしてくれていたなんて」

「たぶん、そう。だって何事も整うと落ち着くでしょ? 魔力は暴走すると危ないし」



 もしかして今の私も、ヒューに整えて貰ったのだろうか。

 ヒューと弾む会話が心地よいのと。

 そういえば出張の移動と早起きで疲れていた身体が、心なしか軽くなったような気がした。思い込みかもしれないけど。


 そしてこの場所まで届く少し遠くのプールの水の音も、耳に身体に心地よいなとふいに思った。



「ああ、そっか。……兄さん達はほとんどそういうことを話してくれなくて。でもジェス兄さんが触れると、確かにラディ兄さんはやわらかい顔になってた。そういうことなのかな。私はそういうことが知りたくて研究し始めたのに、……まだまだ知らないことだらけ」


「そっか。これって言語化が難しいからかもね。俺らからすると、子供の頃からずっと一緒の身内とやり続けていることだから。……俺の説明、解りにくかったら言って?」


 切れ長の目の真ん中、赤い瞳をきょろりと丸くしてヒューが私を覗きこむ。

 ちょっと心配そうに。ちょっと嬉しそうに。


 その表情もとても素敵に思えて、私もその瞳を覗きこみながら大きく頷いた。


「大丈夫! それより聞きたいことが多すぎて、なんか一回整理して質問を纏めたい……」

「ははっ!! さすが研究者だね」


 そう言って、ヒューはやわらかく微笑んだ。



 その表情に、私の中の安心感がひゅるると芽生えて一気に葉を広げたのがわかった。

 私も同じようにヒューに安心してほしくて、目一杯微笑み返した。


 記憶がなくても、思い出に触れる方法が他にあることがとても嬉しかった。ヒューの中に、あの日の私の痕跡が少しでもあるなら、それで。


 この場所を通り抜ける風は、日差しが強いさっきの場所よりも格段に涼しい。


 両手首を包み込まれたまま、目を見て話しているこの今の時間を、とても不思議なものだと思った。

 それと同時に、かけがえのないものだとも思った。



「ね、聞いてもいい……? そのヒーリング的な能力と、他の人へ魔力をのせるのは同じ原理なの?」


 私が質問をすると、


「これもまだ仮説なんだけど、魔法が使える人は魔力を外に出すから【放出】、俺らみたいに整える人は一回溢れそうになっている魔力の一部を自分に取り込んで、余白を作ってから整えて隙間に戻している感覚だから【吸収】って呼んでる。この二人が揃うことと、【放出】の魔力に馴染みやすい人になら魔力を移してのせることが出来るんじゃないかって考えてる。その成功例がニナ、あなたでしょ」


「【放出】と【吸収】……、【放出】はわかり易いけど【吸収】については考えたことがなかった。うん。……でもね、これって広まってしまったら結構危ないよね? 魔力を欲する人が【放出】と【吸収】を監禁して奪い続けたら犯罪だし」


「そう。だからあまり大っぴらににもできない上に、俺らと同じような人もずっと探せていなくて他の実例がなくて。……だからずっと仮設なまま。俺らはずっと姉さんと二人だけでこの話をしてたんだ」



 ヒューは少し寂しそうに言った後。

 少し間をあけて、急に今までとは違うニヤリとした笑顔を浮かべ、キスができるほどに顔を私に近づけてこう言った。


「ねぇ俺、ニナのこの魔力をもっと見たい。俺たち研究仲間になれない? お互いの今までの研究結果を共有できるところまで共有しない? 勿論、北の本家の機密事項は話せるところまででいいし、他言はしない。誓うよ。……どう?」


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