第19話

「ゲホッ」


 ヘリから放り出されて医学部棟の屋上に叩きつけられた楽一は、肺の痛みに咳き込みながらゆっくりと立ち上がる。


 全身の激痛、頭のふらつき、それに寒気。体調は人生最悪と言っていいほどに悪かったが、その程度で思考を止めるようなら戦闘員とは言えない。


 戦闘員を止められるのは死だけ。だが楽一は生きていた。


 楽一は痛みに滲む視界で周囲を見回して、自分から少し離れた場所に携帯地対空ミサイルを構えたテロリストが立っていることに気づく。


 そのテロリストはヘリから屋上に落下してきた楽一を射殺しようと、片腕に携帯地対空ミサイルを抱えたまま腰の拳銃に手を伸ばしている。


 楽一は反射的に腰の拳銃を抜くと、引き金を引いた。


 重たい対空ミサイルを抱えたテロリストがその速度に追いつけるはずもなく、放たれた弾丸は狙い過たずテロリストの脳天を貫く。


 脳髄を散らしたテロリストは、ふらりと揺れて倒れた。


 迅速に脅威を排除した楽一は、脳内で状況を反芻する。


「ヘリが墜落。確実な生存が見込めるのは俺一人。敵に包囲され脱出は絶望的。なるほど、最悪の状況だな」


 楽一はそう呟く。


 大学内の暴徒はすでに大半が鎮圧されていたが、抵抗を続ける暴徒による散発的な衝突は発生しており、医学部棟の近くからも戦いの音が聞こえている。


 このまま建物から飛び降りて逃走し付近の味方部隊に救出してもらうという案が、楽一の脳裏をよぎった。


 だが、もし高所からの落下で足の骨を折れば、最悪の場合テロリストの捕虜になることもあり得るし、運良く無傷で着地できたとしても、医学部棟内のテロリストから猛射撃を受けることは間違いない。


 そこから生還することは難しいだろう。


 それに、医学部棟の周辺はテロリスト殲滅作戦の流れ弾で死傷者が出ることを防ぐため封鎖されており、自衛隊も機動隊も立ち入りを禁止されている。


 楽一に残された道。それはたった一人で任務を遂行することだ。


 墜落したヘリは、位置から考えて機動隊や自衛隊の部隊がすぐ救助に向かえる。楽一は自分の仲間たちが無事救助されることを祈った。


 わずかな黙祷を終えた楽一は、表情を人間から戦闘員のそれに変えると、自身の短機関銃を持ち上げて軽く点検する。


 強く叩きつけられたというのに、堅牢なMP5は特に不調も起こしていない。


 ただし、精密機械である照準器はそうもいかず、完全に損傷していた。楽一は高価なそれを躊躇なく取り外し、さらに銃床も外してしまった。


 顔を守る防弾バイザーと精密な射撃を助ける銃床を同時に使うためには、湾曲した専用の銃床とハイマウントの照準器が必要になる。


 つまり照準器が壊れた時点で、バイザーか銃床のどちらかを諦めねばならなければならず、近接戦闘において弾丸から顔面を守れる防弾バイザーの利点は大きい。


 防弾バイザーを捨てるという選択肢は、楽一の中になかった。


 楽一は短機関銃をバイザーに押し付け、アイアンサイトを覗き込む。


 MP5短機関銃は反動が小さい。威力の小さい拳銃弾をライフル以上に重い銃で撃ち出すのだから当然だ。


 もちろん銃床があった方が狙いは定めやすいが、別に無くても困らない。


 楽一はもう一度銃に問題が無いことを確認すると、建物の地図を脳内に浮かべながら、医学部棟へと侵入を開始した。


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