大学占拠

曇空 鈍縒

初動

第1話

 東大学医学部棟の正面玄関で、数名の教員と生徒たちが罵り合っていた。


「授業料値上げ反対!」「お前たち、いつまでこんなこと続けるつもりだ!」「学長をよこせ!お前らじゃ話にならないんだよ!」「なんだと!貴様ら、大学に残れると思うなよ!」


 怒りに任せた責任も実体もない怒号が何かの合意に至ることはなく、ただ無意味に酸素が消費されていく。


 しばらくすると、学生からの報告を受けた五十代ほどの警備員が走ってきた。


「まあまあ皆さん落ち着いてください」


 警備員は罵り合う学生と生徒の間に割って入り、両者を引き離そうと試みる。


 第三者である警備員からの仲裁に教員と生徒は少し頭が冷えたらしく怒鳴り合いをやめ口を閉ざしたが、互いを睨み合う目線はギラギラと殺気立っていた。


 まさに一触即発のピリピリとした空気に、警備員は自分の役不足を悟る。


 学生運動全盛期には警邏隊として陰ながら戦いに参加しており、引退後も警備保証会社に就職して国民の安全に関わり続けてきた警備員は、暴走した学生が何をしでかすのかよく知っていた。


 最近はそういう過激派も減ってきているが、火種はまだ残っている。


 下手に対応して学生側が爆発すれば、体力のピークなどとっくに過ぎている警備員など死ぬまで殴られてもおかしくはないので、彼の判断は適切だ言える。


 相手が普通の学生であればという制限がつくが。


「とりあえず警察に連絡しよう。お巡りさんに話を聞いてもらって、頭を冷やしなさい」


 警備員はそう言いつつ、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。


 それを見た生徒たちは、すぐさま顔を見合わせて頷きあう。


「なんだ?」


 その様子を不審に思った教員が生徒の方に一歩近づくのと、生徒の一人がズボンのポケットから小型の拳銃を抜き出すのは、ほぼ同時だった。


 両手で銃を構えた生徒は、警察署へと電話をかけている警備員に照準を合わせた。


 自らを睨みつける銃口に気づいた警備員は、長年の警察生活で染みついた本能で銃を構えた生徒へと飛びかかる。


 だが警官時代に遠く及ばない彼の体力で、銃を持った若い学生を取り抑えることなど不可能だった。


 火薬の熱と共に放たれた拳銃弾は、一瞬にして警備員の制服を突き破り彼の心臓に突き刺さる。


 その射撃は素人にしては異様なほどに正確だったが、警備員がそれに気付いた時、すでに彼は手遅れだった。


 硝煙の香りと乾いた発砲音が、冷たい空気を駆け抜ける。


 射撃を受けた警備員は数歩ふらついて、石で舗装された地面に倒れ込む。どさりという不気味な音が大学内に響いた。


 血溜まりがどくどくと広がっていく。


 警備員を射殺した生徒は、流れる血とリアルな死にも一切動じずに、今度は一歩踏み出した姿勢のまま固まっている教員に照準を合わせ、発砲した。


 鉛の弾丸は棒立ちしている教員の額に穴を開けて脳髄を叩き潰すと、後頭部の頭蓋にめり込んだ。


 抵抗することも叫ぶことも許されないまま即座に命を刈り取られた教員は、姿勢を硬直させてうつ伏せに倒れる。


 刹那、ようやく状況を理解した教員たちは一斉に逃げ出した。


 怒鳴り合いを遠巻きに眺めていた無関係の生徒や、大学内にいた一般人たちも、拳銃の発砲音に動揺して一斉に走り出す。


 生徒は、パニック状態の群衆へと数発の射撃を行った。


 幸い、それらの弾丸は誰にも当たることはなく、ただ石畳の地面を穿つ。


 後に残された数名の生徒たちは、銃を構えて周囲を警戒しながら煉瓦造りの医学部棟へと消えた。

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