エースの中のエース

 まず見えたのは、顔の高さで横むきにつきだしたブーツの右足。

 それからこんがりして張りのあるすてきなモモ肉。

 つぎにその足をおろして2歩、その人がついに姿をあらわす。

 小柄なのに長い手足。

 ブーツとガントレットが、魔力発動してキラッキラに発光している。

「アップルさん、来てくれてさんきゅ」

「クロムっち。飛ぶから」

「おけまる」

 俺は走って店長のそばに投げの構えをセットした。

 それは、一時期やってたハンマー投げの投擲フォームを工夫した、異世界では何度も使った合体技。

 器用貧乏の俺が開発した、そもそもアップルさんのための技だった。

「店長準備は?」

「万端さ。さあこい!」

「フォッ」

 格闘家っぽい息吹をひとつ、ぼくらを踏み台にしてアップルさんが舞いあがる。

 体重が軽くてキックがつよいから、最高到達点がすごく高い。

 デーモンキングよりも体ひとつ分高い。

 10メートル近くある天井に、手をのばせばとどきそうだ。

「シュウッ!」

 ジャンプの頂点で、ヒザがかわいいおデコまでくるほど蹴りあげる左のティップ前蹴り、からの腰をひねってあげた脚を蹴りおとすテッカンコーサイ左まわし蹴りをはなつ。

 おそいかかる二軸の斬波。

「クッ!」

 とっさに両手で顔をかばうデーモンキングだが、ねらいは本体じゃない。

 魔法の防具から発せられた斬撃線は、急角度の"ヘ"の字をえがいて、デーモンキングの両翼を斬りおとす。

「グアア!」

 どうにか墜落をまぬがれて両足で着地するが、斬られた背中の痛みにデーモンキングがのけぞる。

「シュウッ!」

 そこで休ませないアップルさん。

 みずからの着地と同時に、うしろにためた右足のテンカウヒザ蹴りからの、あげたつま先を腹に蹴りおとすティップ。

 一撃めでガードの両手をガラスでも割るかのように粉々にし、二撃めを腹のまんなかに命中させる。

「グボッ」

 デーモンキングが後方にはじきとばされ、まっ黒な血を吐く。

「きをつけて! デーモンキングはやみのマホウで、すぐにサイセイするの!」

 ブラウの声だ。

 デーモンキングの腕と翼がジワジワと再生している。

「させんし。てんちょ、クロムっち、うごきおさえといて!」

「がってん!」

「ガード入りまーす」

 俺と店長の2人で、アップルさんの左右をかためる。

「全力でいくし。手かげんとか、ないやつ」

「まっぷたつにしてやってよ」

「心えた!」

 古風な返事も超決まってる。

 デーモンキングが治りかけの腕で、両側からはさみうちにする俺と店長を攻撃する。

 バシンと盾ごしに全身をうつ衝撃。

「ウッ!」

 歯を食いしばってうけとめる。

 視界のはんぶんが一瞬まっ赤になり、鼻血がでる。

 足どめしたデーモンキングのま正面から、アップルさんのタッマラーからのテッサイがぶちこまれる。

 若かりし日のあの酔っ払いのアゴとアバラをぶち割った、父親ゆずりの必殺コンボ。

 カラテ道場じこみの、そらせたつま先がアバラに刺さる凶悪なテッサイ。

「ヴッ……ァッ!」

 ヒジでコメカミを打ちぬかれて発したうめき声が、二発めの蹴りでつぶされる。

「アップルさん、すごい……」

 鬼城さん、うっとりとした声で。

「対ヒト型なら、アップルさんにかなうわけないんすよ」

 周防くんがニヤリと笑う。

「だからあの人が、ボクらAチームのエースなんだ」

 そしてアップルさんのフィニッシュ、全力の魔力をこめた右のティップが、デーモンキングを広間ごとタテにぶったぎった。

 ズシンと衝撃。

 天井が割れて、上から陽光がこぼれだす。

「アアアァ……」

 デーモンキングが光を浴び、焼けのこった灰を吹きちらすように全身が粉々になってゆく。


「フッ」


 顔の高さに両腕をあげるムエタイのかまえをとき、両の手をゆるりとおろし、アップルさんが滅んでゆくデーモンキングをながめる。

 すこし乱れた前髪がひたいにかかる。

 勝利したときのアップルさんはおそろしくカッコよくて、だれよりもセクシーだ。

 やんなるよな。

 競技やってて、こういうやついるんだ。

 一番いいとこもってく人。

 ほか全員を、ただのモブにしちゃう人。

 どんだけ免許とって、武器防具そろえて、なかまを叱咤激励してがんばっても、さいごはみんなその人だけを見て、ぼくらのハートをもってく。

 スター選手とか、エースの中のエースとか、そういう人種。

 腹たつほどかっこいい。

 そして、見とれるぼくらに彼女は言った。


「外もう朝だよ。やばない?」


 全員がわれにかえる。

「やべえ。店の品出し間にあうかな」

「まあ朝シフトの作業ならぼくら関係ないし」

「ひどいよ石動くん! 君だけでも残業してよ!」

「いやっす。シフトラインのばされても全力で粉砕してあがります」

「そのエネルギーで働いてよ!」

「おことわる!」

「ちょっもー二人あそんでないでもう帰ろて」

 ラストでわちゃわちゃになりながら、ぼくらは広間をあとにした。

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