スライムの倒しかた

 声ですぐにわかった。

「あーこれアップルさんだ。石動いきまーす」

「えー悲鳴ヤバげなんだけど。えーどうすんの?」

 どうするもないけど、とにかく放ってはおけない。

「イヤ! イヤイヤイヤキャアアアアア!」

 閉めたシャッターの向こうから、あせってシャッターがわしゃんわしゃん打ちならされる。

 "手掛"を引きあげてやかましく波うつシャッターをあける。

「ヤバいヤバいヤバヤバヤバだって!」

 自分のわきをすりぬけて中に入り、鬼城さんにしがみつく。

「うわわっわっ」

「ヤバいの出たんだよおおお!」

 腹筋つよそうなビブラートの効いた悲鳴。

 シャッター閉じたほうがいいのかなーと逡巡していると、周防くんがのんびりめに歩いて入ってくる。

「なんかヤバいの出たの?」

 アップルさんヤバい連呼で話ができそうにもないので、こちらに聞いたらば、周防くんは肩をすくめる。

「やーま、ヤバいっちゃヤバいす。店長石動さん、装備もったままきてもらえます?」

 シャッターをくぐって手だけでコイコイする周防くんにつづいて外に出る。

 一応シャッターおろしてカギは閉めた。


 周防くんたちがまわったルートを戻り、店舗正面側まできた。

 そこには、驚くべきモノがいた。

「うわっなんだこれ。緑のふとんが暴れてる」

 驚いた。

 緑のふとんが暴れてる。

 まんまだ。

「目の前のことをそのまま言うのやめてもらっていいですか?」

「ひろゆき構文やめてもらっていい?」

「いやです。かんたんに笑いとマウント取れるから」

「困るんだよねーひろゆき構文。それで授業中、講師につっこんだ新入生が泣くまで詰められちゃって空気悪いのなんの」

「そら詰められるわ。よくよく読むと発言内容の中身ゼロですもんねー。発明したアイツ天才だは」

 周防くんのナチュラル毒舌。

 ちな「だは」はそのまま文字どおり読む。

「ところでぼくら、なんでここにきたんだっけ?」

「アップルさんの悲鳴の原因調査です」

「それ。これ? うわ。これはおどろくわ」

 そこでは緑色をしたふとん大のかたまりが、全体をのびつつそらしつつ、バフンバフン暴れていたのだ。

「なにこれ。生きてる巨大グミキャンディ?」

「アップルさんはスライムって言ってたけど、なんなんすかねー」

 スライムっていうとティアドロップ型で目のきれいなあいつを思いだすけど、目の前のこいつはそんな愛嬌ゼロ。

 巨大な半透明の体の中に、高校生物の授業で習ったでっかい細胞核とミトコンドリアとゴルジ体と他いろいろがそなわった、見たことないでっかい単細胞生物。

 いや、ほんとうデカいんだって。

 掛け布団サイズ。

 それが全身くねらせて動いてて、しかもニスみたいな臭いをまき散らす。

「とりあえず、たおそうか」

「ですねー」

「わー二人がんばれパフパフ」

「えードバさんいるじゃん。なんすかめっちゃカメラかまえてるし」

「また運転席で居ねむりしてたんだって」

「こっからは時間外なので、趣味のYouTuber活動してまーす。お二人の活躍、ばっちりデータに収めますよー異世界配信でーす」

 だれに聞かせるつもりなのか説明口調。

 想定はきっと自分のフォロワー。

 さーて緑のふとんスライムは三体。

 俺と周防くんと店長はそいつらをおもいっきりぶんなぐってたおした。

「はあはあもう動かないね」

「はあはあ死んだと思います」

 一つの生命の活動をおわらせるというのは、とてもエネルギーがいる。

 息を切らせながらぼくらはその任務をこなした。

 任務。なんかかっこいい。

「でも、これはアップルさんイヤがるわー。敵しるいわー」

「でしょ。敵汁いっしょ」

「汁いねー」

 対ヒト型モンスターでは無敵のムエタイ戦士・吉田アップル。

 ヒト型なら無双する彼女だけど、粘液とか粘膜系にはめちゃくちゃ弱い。

 とにかく汁いのがダメ。

 前衛で押さえ込んで後衛が弓ぶち込むというぶっさいくな戦い方で、ぼくらはどうにか三体のスライムを屠る。

「くっさ。アップルさんが言ってたにおいこれだ」

「あーめっちゃくっさ。中学の新品の机によだれ垂らして寝たあとの臭いする」

「そんなにおいはしないと思うけど、とにかくなんかしらの薬剤のにおいはするね。遅刻する時間に登校して、2時間目が始まるまで学校サボって無料のコーヒー飲んでた病院のロビーとか」

「ボクそんな特殊な思い出ないんで」

「周防くんは仲間を平気で裏切るなあ」

「二人とも、にこやかに笑いながらスライム殴ってて、まじに怖い」

 ムービーを構えながらニヤニヤ笑って土鳩さん。

 ちなみにyoutube配信を趣味としていて、YouTuberビンタとして人気を博して、はいない。

 フォロワー数12人。

 ビンタは本名の敏太郎から来ているとかなんとか。

「ボーカロイドの作曲もしてるって言ってましたよ。YouTubeにあげて毎月60円ぐらい口座に落ちるんだって」

「案外多才なブラック労働者なんだねー」

「この二人、にこやかに私とスライムを虐待する」

「実況されてますよボクら」

「ブラック労働者ってもれなく勤勉だよねー」

 どうにかスライムを退治した頃には、息があがってた。

「はあはあ、あー疲れた」

「ふうふう」 



 ひと仕事おえてガレージにもどる。

「うくっさ! 三人こっちくんなし!」

「おかえりなさい。スライム強かったです?」

「強くはないけど、つかれる。核を刺したら一発だった」

「くさあ! クロムっち激くっさ! においの元クロムっちじゃんもうカメムシじゃんくんな出てけ!」

 前衛でたっぷり汁くなった俺は、カメムシ呼ばわりを受けあわれアップルさんに蹴りだされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る