原田マニュアル

 ひととおり業務の説明をおえる。

「はあ、なんとなくは理解しました。それで、すこしいいですか……」

 鬼城さんが愛らしくちいさな挙手。

「はい鬼城さん。質問どうぞ」

 質問タイムだ。

「まずはこの"杖"の使い方を……」

「あ、はいはい。店長、原田マニュアルを」

「あーそうだ、出さなきゃだ。えーと、どこやったかな……」

 またうろうろする店長。

 なぜ杖とマニュアルをまとめて保管しておかないのか。

「とりあえずぼくらも装備だけすませとこうか」

「んだね」

「奇襲キッツイっすからねー」

 おのおの武器防具を手に手に準備にいそしむ。

「ねーさっき外でなんか変なにおいせんかった?」

 防具兼武器のガントレット、手甲をハメながらアップルさん。

「いや、気づかんかったけど」

「どんな臭いっすかー?」

 狩猟ブーツに足を蹴りこみながら周防くん。

「なんかねー、ガッコの移動教室?」

「わっかんねー。ワックスの匂い?」

「ちがくてなんつーんか、あの、理科とかすっとこ」

「あー、科学室?」

「それかな? そいと図工とか、美術室とか」

 なんだろうその曖昧な共通点。

「あ、薬品? 工作室にニス、美術はテレピン油」

「そそそそ。それのかんじ。なんかせんかった?」

「や、気づかんかったわ」

「したってぜったい」

「そか。気ーつけてみる」

 異世界で薬品? なんだろ。

 今回もイレギュラーな事態に巻きこまれそうな予感。

「とりま周辺の調査やっときましょうか」

「石動くん。店長の僕の言葉聞いてた?」

「どーせビルの見回りするじゃん。戸じまり確認しなきゃじゃん」

「屋内からでもできるでしょうよ!」

「外から見回らなきゃダメでしょ。前回それで裏口破られたんだから」

「……裏口?」

「老人むけ宅配サービスあるって言ったでしょ。そこ今どきシャッターなんだよね。しかも外からしかカギかけられないやーつー」

「えええー」

「で侵入されて、アップルさんが什器ごとゴブリン蹴ちらしまくって、ぼくらにあふれる尊敬の念と、店長に損害額という深いトラウマ刻んだってゆう」

「吉田さんって、もしかしてすごくお強い……?」

「都内のコンビニで、彼女に勝てるものはいないとうたわれているよ」

「ゴブリンってやっぱり強いんですか?」

「力は小学生レベルで弱いんだけど、こっちを殺せる武器を全力でふってくるからねえ」

「うわわー……それはやっかいな……」

「それも100体以上いたからもー大変で」

「ええー、小学生2クラス以上……!」

 具体的で大変さ伝わる表現である。

 教育実習に行った上級生のくたびれた顔を思いだす。

 まじ就活小学校教師だけはやめとく、と彼は言った。

「クロムっち前回いっとー使えんかったよね。半分ぐらいどべって寝ったし」

「前歯折られたしもう寝るしかないよねー」

「ひええ……私どんどん自信が……」

 29歳、長き引きこもり生活でつくりあげた、ややゆるみのある豊満ボデーをちぢめてふるわせる鬼城さん。

「まあいざとなったら回復魔法をね」

「石動さんが、使ってくれるんですか?」

「俺じゃなくて周防くんがね。ってもよく魔力切れおこすしあんまり期待しないで。ほかにこのシフトで回復使える可能性あんの、鬼城さんだけなんだよねー。杖もってるし」

「いやいやいや! 私まだぜんぜん使えませんよ! もってるだけの杖だし使ったこともないから期待しないで!」

「使えるかどうかは本人の資質によるんで、とりあえず原田マニュアル読んで、実践してみてから判断しよう」

 店長がやっと見つけた手製のファイルをわたす。

「えええ、えとえと原田マニュアル……なんで原田?」

「元パートの原田さんが作ったからですよー。ご出産で辞められましたけど、原田さんコンビニ業務も異世界業務も有能だったなあ」

「原田さん辞めて、一時期ギスりましたよねーBチーム」

 周防くんは火木土深夜シフトを、侮蔑してBチームと呼ぶ。

 我の強い周防くんは、同クラのメンツでそろえた排他的な彼らとそりが合わないのだ。

 ちなKOアメフト部だから前衛超強力。ただし後衛超貧弱貧弱貧弱。

「そこ、最後は『貧弱ゥ!』だよ石動くん!」

 うるさいオタクである。

「で、できました! ホラ! 私できましたよ! トーチの魔法!」

 原田マニュアルを片手に、歓声をあげる鬼城さん。

 見ると彼女のかかげた杖の頭が光っている。

「おーすごいすごい、え? 光量すご! ワゴンセールのランタンいらなくね?」

「いるよ! 高かったんだから今後も使うよ! 鬼城さんの魔力だっていつ切れるか分からないんだから!」

「やこんな魔力出せるなら、ずっとトーチも余裕っしょ」

「石動くん浅生あそうくんそして吉田さん、引きこもりをなめてはいけないよ。彼らは引きってからの人生をスタミナ消費ゼロで生きてるだから」

 なんだか説得力のありそげなご意見。

 結果的に店長のこの発言だけは正しかったのだが、その時の自分たちの感想は、なーに言ってんだこのハゲ、であった。

「鬼城さん、ほかに使えそーなのある? あ、感覚でいいから」

「えーどうだろ、多分全部いけそう……それと、火系が」

「『火系』?」

「あ、やっぱりいいです。やめときます」

 気になる話題の打ち切り方をされてしまった。

 本人言いたがらないのに食いさがるのは面倒ごとのタネだし放置しとく。

「そんじゃ鬼城さんつれてビル一周してきまーす」

「僕は中から施錠チェックするよ」

 自分と鬼城さん、アップルさんに周防くんの順に正面から出る。

「んじゃ自分たちは右から、アップルさんたちは左からまわります」

「はい」

 それぞれ手にペンライトをもち、二手に分かれて裏手にまわる。

 文明ゼロの場所に、ずどんと立ってる一階コンビニのテナントビルは唐突すぎて毎回異様である。

「ねー周防っちはなんか変なにおいせん?」

「さあ、異世界はどこも大体変なにおいでしょ」

「そゆんじゃないくて、あー伝わんないなー」

「うーんわからないなー、あ、ゴブリンの臭いみたいな?」

「やーもっと、なんかキモいって言うか」

 二人がやいやい言いあいながらあっちの角を曲がってく。

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