特別なことのない転移
異世界イベント準備業務
ぼくらは異世界に転移した。
転移っても、店内になにかすごいこと起こるわけじゃない。
先ほど説明したとおり、ただ外の灯りが消えて店内の明かりも消えて、クリス・ペプラーがムッツリだまるだけだ。
「……転移、したんですか?」
鬼城さんが魔法の杖をかかえるようにして、おそるおそるきいてくる。
ただの停電じゃね? それかブレーカーおとして新人恒例のドッキリじゃね? とその目が語っている。
音の消えた中、500ルーメンの中華ランタンだけがシャワシャワ光って天井にぶらさがる店内は、ほのさびしい。
「うんした。外、見てみる?」
どうせ域外調査は必要だし、ついでに異世界トレーニングもすませようと全員で店を出る。
鬼城さんは外によちよち出るなりいった。
「どへー」
月のない夜。
空気がおいしい。
空が広くて星が美しい。
こちらの灯りの届かない地面は、かすかな反射光もない漆黒だ。
鬼城さんがコンビニをふり返える。
「どへー」
ホニャララマートのテナントビル背後には、さっきまではなかった密生した木々。
「本当に、転移してる……これデビッド・カッパーフィールド的なシワザじゃないですよね?」
「だれ?」
「イリュージョンの、デビッド・カッパーフィールドですよ! 店長は知ってますよね!」
「ええ、あ、うん。自由の女神消す人だよね」
「え? 異世界に飛ばすんすか? すっげYouTubeにあるかな!」
「周防くん。スマホ出してもネットにはつながらないよ」
「そうだったー! だれだよデビッドカッパ! こんなに気になるのに、転移終わるころにはボクぜったい名前忘れてるよ!」
そしてくやしそうに天をあおぐ。
周防くんには今からはじまる異世界業務より、銀行カードみたいな名前のだれかさんの方が重要なようだ。
「デビッド・カッパーフィールドですから。私、おぼえてますから」
「本当に? 本当に?」
ていうか流れから察すると、それ手品かCGの人だよね。
さて、目が慣れると背後の木々はうっそうとした林の一部であることがわかる。
もしかして森の一部かもしれないが、夜闇が濃すぎてはっきりとしない。
「今すぐなにか怖いのとか出なさそうだし、とりあえず店内もどりましょうか」
「そうだね。鬼城さん、ひとまず納得してもらえたかな?」
「あ、はい。もどりましよう」
静寂がさえざえとブキミすぎて、みんな居ごこちわるかったのだろう、そそくさと店内に退避した。
「ん?」
「アップルさん?」
アップルさんが長々と闇をにらむ。
「……なんかヤバい感じ?」
タイにルーツを持つからか、彼女はとても感覚が鋭い。
いちはやく敵を見つけるのは、たいていアップルアイだ。
しばらく風をクンクンかいでたが、
「や、たぶんなんもないわ。ごめ」
そしてみんなでいそいそと店内にこもるのだった。
「今回は動きがあるまで
店長が中年らしい消極策。
「えー外しらべやっとかないと。まーたかこまれるっしょ」
アップルさんが反対する。
「まー少なくともぐるっと一周は見ときたいっすねー。こないだもそれで裏から侵入されたし」
周防くんがもっともな事を言った。
「あの……他のフロアの方々は、どうされてるんですか? ここ、他の会社も入ってますよね」
鬼城さんから新人らしい疑問点。
「このビルはだれもいないよ。今どきあたりまえに24時間はたらくお仕事なんてコンビニぐらいでしょ」
とりあえず分かりやすいところから片づけよう。
まずは鬼城さんへの説明をば。
「そうなんですか? 残業してる人とかは……」
「前はいたけど、こんなふうになっていなくなったよ。だれだって死ぬのとかやだし」
「あの、上の会社の方、だれか死んだんですか?」
「んーんだれも。今まででさいごまで死んだの南さんだけだし笑」
「また笑ってるし!」
「ウケるし笑」
「さいごまでってどういう意味だし!」
「でまあ最初のころはいっしょに戦ったりしてたんだけど、逃げられるんだったらやらないじゃないですか、会社づとめの人って家族もち多いし腰痛もちも多いし」
「ああ、なんとなくわかります」
「ふだん見くだしてるコンビニ店員よっかよえーとかクソザコっすよね社会人」
「いーじゃんいないで。おっさんばっかだしみんな腰痛もちだしくさいし」
「でまあ、一階はこの店と老人むけの宅配サービス、上の階は古着屋と旅行代理店、あとケータイショップだから、うち以外は基本日づけ変わるまでは働かないんで」
「はあ」
「旅行代理店でめちゃめちゃカスハラかますやついたっすよね。石動さんがめっちゃカタはめたやつ」
「はめてないよ、同じことしただけ☆」
「なそれクロムっち。はじめて聞くんだけどー笑」
「うおっほーん!」
アップルが前のめりになったところで店長がわざとらしいセキばらい。
どうもこの話をつづけてほしくないらしい。
たぶん接客が荒れるとか思ってんだよこの人。
「石動くん、必要な話だけやって!」
「うるさいオタクである」
というわけで、今動員できる戦力は自分たちしかいない、ということを鬼城さんに納得してもらった。
「石動くん、セリフと地の文の使い方が逆だよ」
うるさいオタクである。
まいにちすこしずつうすくなってる頭頂部むしったろか。
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