第3章  黒い影の正体①

 結局、奈都芽は、



 いくつもの大小さまざまな山を越え、Rアールの大きいカーブを曲がり、車は走りつづけた。何かから逃れるように、一晩中、休むことなく走りつづけた。


 どこを走っているのか、奈都芽にはさっぱりわからなかった。


 それも当然のことだった。気を失ったフリをして、ずっと目を閉じていたからだ。



 だが、折を見て、奈都芽は薄目を開けた。


 黒い影の運転手は、密命を課されたスパイのようにバックミラーを執拗に何度も見ていた。誰かにつけらていやしないか? とでもいうように、息を潜め、アクセルを踏みつづけた。


 車内は暗く、その影の正体も確認することはできなかった。



 これ以後、父との思い出が詰まった、






 事件発生後、奈都芽はあることを調べた。




 冤罪えんざい




「無実であるのに犯罪者として扱われる」


「濡れ衣」


「無実の罪」




「人は間違うものだ」と父が言っていたが、これまで罪なき人が誤って牢獄に入れられてきた歴史を奈都芽は学んだ。




「ウソだけはつくな」




 あの父がウソをつくわけがない。


 あれほどウソを嫌う父が「やっていない」と言うのだから冤罪に違いない。テレビは連日、「犯行を否認」している旨を伝えていた。


 改めて、奈都芽は闘うことを決意した。それは脆もろくてか弱い十一歳の少女の心に生じた強い決意だった。




 冤罪を晴らすにはどうすればいいのか?




 詳しいことはわからないが、どちらにしても絶対に必要なことは家族の支えだった。様々な記事を読んだ奈都芽は、もちろん父を支える覚悟を決めた。




「無実を証明し、晴れてあの思い出のつまった家で、もう一度お父さんと暮らすんだ。週末には図書館に向かい、母の機嫌が悪い時には例のあの神社で遊ぶ。風の吹かない夏の凪の日にはプールに連れていってもらう……そして……あの家でお父さんの小説家になるという夢を叶えるんだ。『星に願いを』かけながら」






 だが、冤罪を晴らすべく、支える家族であるはずの母の考えは違った。




 




 事件発生後の母の行動は速やかだった。まるで何年も前から周到に準備してきたかのように、淡々と様々な手続きをすませた。




 奈都芽の名前は、『川田奈都芽かわたなつめ』。母の名前は『川田多江かわたたえ』。


 『安川やすかわほまれ』というのが父の名前だから、名字がちがう。


 二度と面会することなく、母は離婚をした。




 もちろん、手続きは離婚だけではなかった。


 何の躊躇もなく、住み慣れたはずの家をあっさり売却し、実家に戻った。母の実家に移り住んだその日に言われたことを奈都芽は今でも忘れることができない。




の話は二度としてはいけません。




 汚らわしいものを見るような目で、冷え冷えとした口調で母はそう言った。




 そんな母を奈都芽は許すことができなかった。母は冤罪とは考えていない。あれだけ誠実に「ウソをつかない」で生きてきた父を疑っているのだ。その生きざまを疑っているのだ。




「どうしてお父さんを信じないの?」




 奈都芽はそう母に言ってやりたかった。あのお父さんがウソをつくわけがないじゃない! と。


 だが、何度も勇気を出そうとするのだが、母のあの目を見るとすぐに足がすくんでしまった。鋭いあの威圧的な目を見ると、心臓が止まってしまいそうになった。


 奈都芽がなにより悔しいのは、母に抵抗できない弱い自分だった。






 母の実家に住むことになった奈都芽だったが、彼女をこの家に母より先に連れてきたのは、だった。

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