天津風 あまつかぜ
雨世界
1 私を愛してください。
天津風 あまつかぜ
走ることが大好きだった。
それだけでよかった。
すごく幸せだった。
でもいつかそれだけじゃだめになった。
勝ちたいと思うようになった。
みんなに。競争で負けなくないと思った。
負けたときはよくわんわんと泣いた。
恥ずかしかったけど涙は止まらなかった。
くやしかった。
もう絶対に負けたくないと思った。
誰にも。
……弱い、自分自身にも。
私を愛してください。
山野宵(よい)が逢瀬暁(あけ)に恋をしたのは、暁がこの田舎にある山奥の街に引越しをしてきた中学二年生の春だった。
暁はずっと東京に住んでいた男の子で、宵が今まで見たことがないくらいに、すごく洗練された雰囲気を持った、とてもかっこいい男の子だった。
みんなの前で挨拶をする暁を見て、宵は一目で恋に落ちた。
それは宵の人生で初めての恋だった。
でも、恋に奥手の宵は暁になかなか恋の告白をすることができないでいた。……それは中学三年生になった今もまったく同じ状況だった。
「宵! もう帰るよ!」
宵の親友であるクラスメート、浜辺愛が遠くからそう言った。
「あ、うん! 今行く!」
陸上部の練習終わりに一人残って、ずっと走っていた宵は愛の声を聞いて走ることをやめると、汗を白いタイルでぬぐってから自分の荷物のおいてあるところまで急いで走って移動すると、カバンを持って、陸上の練習着のままで、急いで愛のいる校庭のはしっこのところまで移動した。
それから二人はいつものように並んで歩いて、中学校をあとにした。
「宵さ」
その帰り道で愛が言う。
時刻は四時。
世界はもう、夕焼けの色に染まっている。
「なに?」
宵は言う。
「宵はもう、逢瀬くんに告白したの?」
「え?」
愛が突然、そんな恋の話をしてきたので、宵は少しだけ動揺してしまう。
「……してない」
少し下を向いて宵は言う。
「告白、しないの?」
愛は言う。
「……するよ。いつかね」宵は言う。
「いつかって、いつ?」
「中学を卒業するまでの間のいつかの日。それまではとにかく走っている」宵がそう言うと、愛はそっと足を止めた。隣を歩いていた宵も同じように足を止める。
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