女装してても君が好き!〜秘密抱える大学生のファッション恋愛物語〜

梓納 めめ

第1話:初対面でも君が好き

「ねえ、隣、いい?」


 T大学の講義室で僕、仁礼にれ ただしは知らない女の人に声をかけられた。肩まで届くウェーブの掛かった茶髪、こげ茶色がかった眠たげな瞳、服装は白と紺のボーダー柄のTシャツにリネン素材のマキシ丈グリーンスカートと言った装いだ。最近の娘には珍しくアクセサリーは身につけていなかった。正直ちょっとタイプの娘だ。


 でも、おかしい。周りを見渡すと、数人がスマホを見ながらランチを食べていたり、カップルらしき二人が小声で話したりしているが、席が全部埋まっているわけではない。なぜ彼女は僕の隣に座ろうとするのだろう? 理由がわからない。

 

 少しの間、彼女がわざわざ僕の隣に座ろうとした理由を考えた。が、特に思いつかなかった。なので僕は「いいですよ」といって彼女が座ることを許可した。彼女は「ありがとう」といって僕の隣に座った。


「ねえ、ちょっと話していいかな?」


 隣に座った子が問いかける。彼女はなぜかちょっとニヤついていた。初対面の人にそれは失礼なんじゃないかな?


「……いいですけど、僕たち初対面ですよね? 一体何を話すんですか? 」


 僕はちょっと棘のある言い方で疑問を伝えた。初対面の僕に何を話すことがあるのだろう? しかもニヤケズラで。僕の敵意を意に介さず彼女は答えた。


「んー、ちょっと内緒の話、かな。」


 彼女は人差し指を鼻に当て、シーッと内緒話のジェスチャーをしながらそういった。初対面の人からの内緒の話。悪い予感しかしない。


「えっと、とりあえず聞きますけど、その内緒の話って何ですか?」


 僕の心は彼女を疑う気持ちでいっぱいだった。なので、ちょっとキツめの言い方になってしまった。


「うん、聞いてくれてありがとう。内緒の話だから耳を貸して」


 そういって彼女は僕に向かって軽く手招きした。大声では話しづらい内容なのだろうか。うーむ、ますます内容が気になる。僕は少し戸惑いながらも指示通り耳を貸した。緊張で息を呑む。


「君、昨日、ショッピングモールで女装してたでしょ?」


 一瞬、時が止まった気がした。


「な、何言ってるんですか! 変な言いがかりはやめてください! 」


 僕は必死に反論した。ちなみに彼女の言っていることは事実だ。僕は昨日女装してショッピングモールの女性服専門店で買い物をしていた。理由はSNSで見た新作のワンピースどうしても欲しかったからだ。だってホントに可愛かったんだもん。


 でも、バレるはずがない。ちゃんとメイクもしたし、動きも女の子っぽかったはずだ。そうだ、これはきっと言いがかりだ。多分この女の人は学内の全男子に同じことを言って遊んでいるのだろう。そのタイミングがたまたま僕が女装した日の次の日だっただけだ。そうに違いない。


「大体、証拠もないのに初対面の人間にそんな事を言うのは失礼じゃないですか?! 僕は女装なんてしていません!! 」


 力強く言い放った僕を無視して彼女は自分のスマホを操作しだした。何だこの人は? 反論すら聞かないというのか。僕の怒りのボルテージはどんどん上がる。僕が興奮していると、彼女はスマホで写真を見せてきた。


 写真には女装して近所のショッピングモールで歩きスマホをしている僕が写っていた。


「これ君でしょ? 写真の子のバッグについてるストラップ、種類から個数まで君のバッグについてるのと同じだもん」


 僕が写真に釘付けになっていると、彼女は追い打ちをかけてくる。机の上の僕のバッグを指さし、ストラップの種類と個数が同じだと言ってきたのだ。確かに僕のバッグには犬をモチーフにしたキャラクターのストラップが数個ついている。写真の人物も、同じキャラクターの、同じ種類のストラップを、同じ個数つけていた。まぁ、写ってるのは女装した僕なのだから当然ではあるが。


「いやいや、バッグの人形が同じくらいで同一人物なんて……まず、写真の人は女の子の服を着てるじゃないですか。僕は男ですし、そんな服は着ませんよ」


 僕は考えうる限りの否定の弁を述べる。大丈夫、これは決定的証拠ではない。服屋の店員さんと話したときの声を録音されていたら言い逃れは難しかっただろう。でも、これなら逃げ切れる。そうやって勝ち誇っていたら、突然彼女がニヤリと笑いこう言った。


「じゃあさ、この写真がSNSに流れちゃってもいいよね」


 は? 彼女の言った言葉が飲み込めず、僕は目が点になった。だってSNSに流れたらこの娘だけじゃなくて、もっといっぱいの人に僕の女装姿見られて、もしそれが家族に見られたりしたら…… 戦慄する僕を気にすることなく、彼女はスマホを操作する。


「『めちゃくちゃかわいい娘をショッピングモールで発見!』っと。よし! 後は投稿するだけだね。私フォロワー5,000人くらいいるからバズっちゃうかもな〜」


「ちょっ! それはダメ! ダメです!」


 僕は彼女からスマホを取り上げようとする。彼女はヒョイッとスマホを持ち上げ、僕から遠ざける。


「えー、なんでダメなの? だってこの可愛い子は君じゃないんでしょ? 」


 そういいながら彼女はSNSの投稿ボタンをタップしようとする。僕は何とか彼女を思いとどまらせる方法を考えた。


「えっと、そうだ! 肖像権! 人の写真を勝手に撮ってSNSに投稿することは肖像権の侵害にあたります! だから君に犯罪を犯させないために僕は止めているんです!」


 会心の言い訳だ。でも焦りすぎていつもより口調が丁寧になってしまった。「どうだ! 」と思い彼女を見ると、彼女は異様に丁寧な口調が面白かったのか一層ニヤニヤしていた。


「そっかそっか、肖像権ね。それはその通りだね。じゃあ投稿はしないよ」


 彼女の言葉に僕はホッと胸をなでおろす。


「まあ、投稿するかは置いといて、この可愛い子は君なんでしょ? 素直に認めなよー」


「なんでそうなるんですか? 写真の人、完全に女の子じゃないですか?」


 写真の流出は免れたが、女装疑惑はまだ晴れていないようだ。僕は徹底抗戦の構えを見せる。


「もー、女の子の格好してるのがそんなに恥ずかしいの? あの服、君に似合ってるし、少なくとも私は誰がどんな服着てようとなんとも思わないしー」


 彼女の言葉で僕の心がちょっとだけ動いた。


 今まで女の子の格好をすることを否定された経験しかなかった。家族ですらありのままの僕を受け入れてくれなかった。まるでみんな僕ではない誰かと接しているようでとてもツラかった。


 でももしかしたら彼女はありのままの僕を受け入れてくれるかもしれない。ちょっとだけ期待してしまった。彼女に『本当になんとも思ってですか? 』と聞いてみたくなる。ダメだ、初対面の人に期待しちゃ。女装のことはちゃんと否定しなきゃ。僕は自分の中に生まれた希望を握りつぶし、彼女に対応した。


「あの、僕が仮に女の子の格好をしてても受け入れてくれるというのは嬉しいですけど、その写真の人は僕じゃないです」


ピシャっと彼女に言い切る。彼女はちょっと残念そうな顔をした。


「そっか。じゃあさ、女装がどうとかもういいや。私と友だちになってよ」


 彼女は僕が女装していた件の追求を諦めたらしい。でも、なんで僕なんかと友だちになりたいんだろう。ここは否定する必要もないので素直に聞いてみた。


「はあ、まあいいですけど……多分僕と友だちになっても、いいことないですよ?」


「いーの、何にもなくて。私はあなたともっと仲良くなりたいの」


「ほら、QRだすから連絡先交換しよ」と言い彼女はスマホをいじる。不思議な人だな。何のメリットもないのに友だちになりたいなんて。僕は特に断る理由も思いつかなかったのでQRコードを読み取るためにスマホを取り出す。表示されたQRコードを読み取ると『もみじ』という名前のアカウントが出てきた。


「えっと、この『もみじ』さんであってます?」


「うん、あってるよ。君は……仁礼 忠くんだね」


「はい、そうです。えっと一応本名を教えてもらってもいいですか? 何と読んでいいかわからないので」


「真面目だねえ。私の名前は市原いちはら 紅葉もみじ。よろしくね、仁礼くん」


「はい、よろしくお願いします。市原さん」


 互いにあいさつを交わす。さっきまでずっと話していたのに今更あいさつなんてなんか変な感じだ。


「じゃあ講義始まっちゃうからもう行くね。バイバイ仁礼くん」


「えっ? 次の講義、ここじゃないんですか?」


「うん。私、仁礼くんと違う学科だもん。だから次の講義は隣の講義室」


 そう言って市原さんは席を立つ。僕はひとつだけ質問を投げかけた。


「じゃあなんで僕に話しかけたんですか? 学科が違うなら僕と知り合いになるメリットなんて全くないじゃないですか」


 僕の問いかけに市原さんは笑顔で答える。


「それはね、私が君と仲良くなりたかったからだよ。なんていうんだろ、一目惚れってやつ?」


 市原さんはフフッと笑った。僕にはその真意がつかめなかった。僕がキョトンとしていると、市原さんは僕をおいて隣の講義室へと行ってしまった。うーむ、わからん。彼女の狙いはなんなのだろう。


キーンコーンカーンコーン


 チャイムが講義の開始を告げる。おっとマズイ、講義に集中しなければ。


ピロン


 集中しようとした僕のことを、スマホがメッセージ受信時の通知音を立てて邪魔する。……まだ教授はスライド用意してるし、見てもいいよね? 僕は好奇心に負けてスマホを見た。メッセージはさっき別れたばかりの市原さんからだった。


『そういえばこの写真の子が持ってるスマホ、君が使ってるのと同じ機種、同じスマホカバーだね〜』


『あ! このスマホカバー限定品だ! こんな偶然あるんだね☆』


 どうしていいかわからず僕は机に突っ伏した。これ、もう、バレてるじゃん。悶々としたまま僕は講義を受けた。もちろん内容は全然頭に入ってこなかった。


 あぁ、これからどうしよう……


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