第10話二ヶ月目~


その晩、ウィルは深夜になってから夫婦の寝室へやってきた。


私はベッドに横になり半分目を閉じていたが、ドアをノックする音で目が覚めた。



「申し訳ありません。眠ってしまって……」


「いや、遅くなってすまなかった。なかなか解放してもらえなかった」


ウィルはそう言いながら、ガウンを脱ぎベッドに入ってきた。

湯浴みはしたようだが、彼からお酒の匂いがした。


無理せず、ご自分の寝室で休まれたらいいのにと思った。

ウィルは、月に一度のこの日を逃すわけにはいかないと考えているのだろう。



酔っているし大丈夫かと心配になったが、彼はなんとか事を済ませた。

そして、私の隣に寝そべったかと思うと、そのまま動かなくなった。


すぐに、彼の寝息が聞こえてきた。

驚いて声をかける。


「ウィル?……」


いつもなら服を着て寝室から出て行くのに、ここで寝てしまった。


何度か起こそうとしたけれど、ぐっすりだ。

かなり疲れたのだろう。仕方なくそのままベッドで眠らせることにした。



「ここは夫婦の寝室ですから、別にウィルがベッドで眠ってもおかしくないし」


私は自分を納得させるためにそう呟いて、彼の衣服を整え、体に布団をかけた。





翌朝、目覚めた彼は、私が隣で眠っていたことに驚いたようだった。



「な、なんで……」


「おはようございます殿下。昨夜はお疲れのようでしたので、そのままこちらでお休みいただきました」


ウィルは額に拳を置いて、なにやら呪文のようにモゴモゴと「おはよう」と言った。

髪をかき上げて私の方を見ると、まいったなというふうに首を横に振った。


「部屋に戻る。君はそのまま……眠っていたらいい」


ウィルは気まずそうにしながら寝室から出て行った。


なんだか夜這いに来た浮気男のような態度に少し笑ってしまった。



その日から、ウィルは自分の寝室に戻らない日ができた。


「このままここで休む」


そう言ってウィルは背中を向けて私の隣で眠った。

二人の間には三十センチほどの距離があり、けっして触れ合ったまま眠ることはなかった。



契約通り、子づくり以外のスキンシップはない。

同じベッドで眠っているけど、二人とも寝相が良かったので、朝まで接触することなく、真っ直ぐ丸太のようにそのままの姿勢を維持できた。







三ヶ月目。


最近はこの宮殿の生活にも慣れてきて、王太子妃教育の必要がなくなった。

無駄だと思う教育に、何故無駄だと思うのか理由を述べた。

それに対して論破しにきた者が、納得できる説明をしない場合は断固拒否することに成功した。


私は面倒くさい妃だと思われることで、宮殿の者たちを丸めこんだ。


護衛を付けて王都の施設を見学したり、劇場へ足を運んだりできるようになった。

そして、少しずつボルナットに自分の居場所を見つけていった。




「ステラ、今回の閨の期間に私は領地の視察が入っている。遠方になるので、二週間は宮殿を空けるだろう」


まだ子ができた兆しはない。今回チャンスが一回飛んでしまうなと思った。

けれどそんなに簡単に、子どもができるものではないとは分かっている。




「承知しました。それでは来月、またよろしくお願いします」


もし、ウィルとの子をつくることができなければ、私は役立たずと言われるだろう。責任を感じる。



「いや、時間を無駄にしたくはない」


「無駄に?」


「その時に会わせて、君も同行するようスケジュールを調節してくれ」


視察に同行?





それはまるで新婚旅行のような行程になった。

視察先では一番いい宿に宿泊する。


夫婦同室がほとんどだった。



「なんだか旅行へ来ているような気分になります。私が一緒にいて邪魔にはなりませんか?」


寝室でウィルに訊ねた。


「時期が重なってしまったのだから、仕方がないだろう。君は仕事で来ている訳ではないから、ゆっくり観光でもして楽しめばいい」


ウィルはそういうと、いつもよりも狭いベッドを前に上着を脱いだ。



「ステラ、このベッドは夫婦の寝室のベッドより小さい」


「そうですね。半分くらいの大きさです」


「だから……触ってもいいだろうか」


「ベッドが小さいので、触れ合ってしまうのは仕方がありません」


彼は首を横に振る。


「抱きしめてしまうかもしれないが、ベッドが小さいから仕方がないことだ」



「……え?」


ウィルは動けないよう、私の手首を頭の上に固定して、キスをした。

必要以上の接触はしないという約束が破られた。


キスは何度も繰り返された。

それが癖なのかとでもいうくらい、何度も何度も彼は私に口づけた。


嫌な気持ちではなかった。何度も繰り返されるその行為に、もっと彼を味わいたいと感じた。

ウィルとの肌の接触が心地よかった。

彼に抱きしめられると幸せな気持ちになった。


気がつくと、いつの間にか彼の背中に自分の腕がまわっていた。



視察から帰ってくると、私とウィルの距離はいつの間にか近づいていた。

それは、まるで愛し合う夫婦の距離だった。







半年目。



「なかなか殿下の御子を授かることができません。デリケートな問題ですので、皆その話題に触れませんが、私は気にしています」


「医師の見立ては、君は十分子を身ごもれる健康体だということだった。そんなに急いで世継ぎをつくらずともよい」


「世継ぎをつくることが私の使命です。二人の契約書にも書いています」


ベッドの中でウィルは私を抱き寄せた。


「子ができてしまえば、こうやって閨を共にすることができなくなるだろう。ゆっくりでいいと私は思っている」


ウィルは私の額に口づけをした。


それからというもの、子ができるタイミングでもない時期に、閨を実行することが増えた。

彼は私をとても大切にしているかのように抱いてくれた。


「誰かを、これほどまでどこかに閉じ込めておきたいと思ったことはない」


「閉じ込めるのですか?」


「ああ。誰の目にも触れさせず、自分だけのものにしておきたい。君を小さくしてポケットに入れていつも持ち運びたい」


契約書のことなんて、すっかり忘れてしまったようなウィルの言葉に、嬉しさが込み上げた。



「私も同じ気持ちです」


スルリと彼の手が肌の上を滑り、胸の頂を弄ばれる。

私はいつの頃からか、彼のその手の動きに、期待するようになっていた。


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