第8話初めての


「なんとかなりそうだわ……」


最初の一日目を終えて、この作業がそれほど苦痛ではなかったことにほっとした。

ウィルは親子ほど歳の離れているお爺さんでもないし、怪物のような恐ろしい容姿でもなかった。


彼は体も鍛えているようで、引き締まった、贅肉のない体つきだった。

気品もあり若くてハンサムだ。


心は冷たく、愛情のかけらもない人でも、閨を共にしなければならない夫が生理的に受け付けない人でなくて良かった。


愛がない結婚でも、私は恵まれているのだろう。


後は早く御子を授かればありがたいんだけど。


しばらくして朝の食事をトレーに乗せてナージャが部屋に入ってきた。

閨の翌朝はあまり動かない方が良いという。

そのままベッドで朝食を摂る。


なかなか怠惰だけど、なんてらくちんなのでしょう。

閨の翌日は早朝起きなくてもいいのね。

少し嬉しくなって、ふふ、と笑った。


「どうかされましたか?」


「いえ。なんでもないわ。食事を終えたら湯浴みをしたいのだけどいいかしら?」


「承知しました」


ナージャは夫婦の夜のスケジュールを完璧に把握していた。

一週間は午前中ゆっくりできるわねと思うと自然と笑顔になってしまう。


彼女は子供ができやすくなるというお茶を私のために淹れてくれた。


「ありがとう。いつも私のことを考えてくれて感謝しています」


「こちらこそ、いつも労いのお言葉をいただけて大変光栄です」


彼女は優しく微笑んだ。


そのお茶は少し酸味があり、ピンク色をしていた。

外国から取り寄せているらしく、体内の血の巡りを整える効果があるらしい。


「早くお世継ぎをと思いまして用意しました。なにより、ステラ様が王太子妃としての重責から早く解放されることを願っております」


幸せそうな私の様子にナージャはホッとしたのだろうか。


お茶を飲むとお腹の辺りが熱くなるような気がした。

好んで飲みたいと思う味ではなかった。





二日目の夜。



「少し明るくしてもいいか……?」


え?

嫌だけど……断れない。


「どうぞ……」


室内は薄暗くしてある。だからといって真っ暗闇という訳ではないから特に問題はないと思っていた。

じっくり体を見られるのは恥ずかしいし、そうする必要はないと思う。


けれど『なぜですか?』とか『いやです』など言ってしまったら、無駄な会話が必要になる。

なにより、彼は忙しく時間に追われている人だ。こういうことに時間をかけたくないだろう。




ウィルは少し明るくすると言っていたが、ランプの灯りを最大限まで明るくした。


まるで真昼のようだ。これではお互いの体が丸見えではないか……


仕方なく私は上掛けを胸まで引き上げた。





三日目。




浴室の準備をしているメイド達が話をしている。


きっと私が寝室に戻って来るとは思っていなかったのだろう。

衝立があり姿は見えない。声が届いているとは思ってないだろう。


「いくら何でも毎晩って凄くないですか?新婚でも二日とか三日おきくらいじゃないと、男性だってしんどいと思います。結構体力使うっていいますし」


「殿下は凄く頑張ってらっしゃるのよ。世継ぎをつくることが大事だし。けれど、女性関係のお噂がなかった方だし、淡白だろうと思ってたわ」


「羨ましいわねステラ様。ウィリアム殿下に抱かれるのよ……もしかしたら凄いテクニックを持ってるのかも」


「え!一国の王女様ですわよ。そんな達者な方なのですか?確かに美人ですけど、あの感じからいくと、ただじっとベッドに寝てるだけなような気がします」


「そうよね、ステラ様って色っぽいお誘いとか、男性が喜ぶ奉仕なんて絶対しなさそう」


「うふふ、やだぁ。なんですかその奉仕って」


「え?そんなの知らないの?」


彼女たちは話に夢中になり過ぎて、私に全て聞かれていることを分かっていなかった。

小一時間程、男女の夜の営みの話をしていた。



……まずいわ……奉仕が必要だったなんて知らなかった。


頭を悩ませる問題だった。

けれど、閨は滞りなく済まされているので問題ない……はず?



三日目の夜。



夜遅くにウィルがやって来ると、薄暗くしていた室内を明るくした。

昨日と同じように滞りなく事を済ませる。


一通り終えると彼が衣服を身に着ける前に声をかけた。


「ウィルは……体力は大丈夫でしょうか?」


「へ?」


かなり消耗すると聞いた。

彼は職務の後の営みだ。きっと連日だとかなりキツイだろうと思った。



「……もし、辛いようでしたら二日とか三日とか時間をあけて……」


「キツい……のか?」


「え、あの……。私は別に大丈夫ですが、殿下が体がしんどいのではないかと思いまして」


「体がしんどいのか?」


「いえ、その、激務の後の閨ですので、疲れていらっしゃらないのかと」


「私はこのくらい大丈夫だ」


ウィルは気分を害したようだった。

もしかしたら、キツイとか疲れているとか言ってはいけなかったのかもしれない。



どうしようかと考えた。


「もし、疲れていらっしゃるなら、私が動きます」


そうだわ。私がじっと寝てばっかりだと動いているウィルの負担が大きくなる。

ならば代わりに私が動くべきだわと思った。



「は?」


ウィルは驚いたように目を見開いた。


なにか間違えてしまったかもしれない。訂正する訳にもいかない。恥を忍んで聞いてみるべきだ。



「申し訳ありません。私はご存じの通り、夜伽の事はあまり分かっていません。ですから、するべき奉仕が分からないのです」


「奉仕……」


ウィルは表情を強張らせると、居心地の悪さを感じたのかベッドからおりた。


「もし、御存じでしたら、教えていただければありがたいです」


「……」



彼は服を着ると、何も言わずに寝室を出て行ってしまった。



もしかしたら、失礼なことを言ってしまったのかもしれない。

彼の身体を気遣ってかけた言葉なのだけど、私が嫌がっていると取られた可能性がある。


どうも彼とは意思の疎通がうまくいかない。



何も言わなければ良かったと後悔した。


ウィルは乱暴なわけではないし、閨が辛いわけでもなかった。

そのまま何も言わなければ問題なかったはずだ。

下手に気を遣った罰が当たったわ……



あと数日だけだ。気を取り直して前向きに行かなくては。

もう何も言わず、ウィルに従っておけばいい。




四日目~七日目。



恐ろしいほど、無言で閨は行われた。


息づかいさえ相手に感じられてはならないとばかりに、お互い無我の境地だ。


変な動きをしてはならない、声をあげてはならない。感じとってはいけない。


まさに修業のような時間だった。

悟りを開けそうな気分で私は一週間の務めを終えた。

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