第6話王太子妃教育

多分、私を気に入らない人たちが、たくさんいるでしょう。

覚悟はしている。


他国から嫁いできた身としては、先ず出入りする者の顔を覚えなければならない。

王宮で誰が力を持っているのかを見極め、間違えないよう、自分の居場所を確保しなければならない。


私は神経質になっていた。



早朝五時に起こされて、妃教育という名のしごきが始まる。


「本日はこの国の歴史と文化について学んでいただくために、教育係が参ります。王妃様はステラ様の為に教師を選んでくださいました」


「ええ、ありがたいです。しっかりと学ばせていただきます」


決して甘く見ていたわけではない。

けれど、教育が始まると、隣国から来た私はよそ者だった。

あからさまに態度に出さずとも、受け入れたくないという意志が皆から伝わってきた。


私も一国の王女、教育は幼い頃から受けてる。

それは外国語、算術、政治、経済、薬学、ダンスやマナーレッスン。淑女教育、芸術や音楽に至るまで多岐に渡った。


ありがたいことに、この国とは言語が共通しているおかげで、それほど苦労せずできるだろうと思っていた。

問題は王室典範だが、これも一年みっちりとコースレッドで学んで嫁いできた。


教師たちは、私が勉強してきたことに驚いているようだった。


教師たちは、私ができない事を探すのに必死だった。

特に音楽教師はあからさまに、それを態度に出した。

プロじゃないと弾きこなせない楽譜を用意し、これを練習しましょうと言われた。

さすがに言い返した。


「では、王妃様はこの曲をお弾きになられるのですか?国王陛下やウィリアム殿下はお弾きになられますのかしら」


「いいえ、けれど、弾けないより弾けた方が良いに決まっていますものね」


「では先生、見本をお願いしても良いでしょうか」


「私はステラ様の音楽教師としてこちらに来ております。教師に反抗的な態度を取られるようでしたら、王妃様に報告しなければなりません」


「では、一言一句違わず、王妃様にご報告ください。教える立場にあるものが、自らが弾けない難曲を指導しようとしたと。その方を選ばれた王妃様にも責任が生じるでしょう」


「な、国母であられる王妃様を愚弄するなど謀反でございます」


この楽譜は王妃様が用意されたのではないはずだ。

王妃様は他国出身。私の気持ちを理解してくださっている。

先だって話をした時、私の立場を理解していると仰って下さった。


「どちらが愚弄しているのかは明らかです。しっかりこの国の法律を学びなさい。貴方は音楽教師の資格を取り上げられますね」


王妃教育に必要であるのなら、現在の王妃が弾けるのは当たり前だ。

少なくとも、王妃が弾けない曲をこの教師が選んだのは間違いだ。


口答えをしてしまい、後で叱られるかもしれないと覚悟をしたけれど、誰にも何も言われなかった。



『もう少し聞き分けの良い方だったら可愛げもあるのに』

『負けん気が強いというか、生意気というか。ああ言えばこう言うで口が減らない方だわ』


宮殿内では私の悪口が聞こえてくる。可愛げがなくて悪かったわね、とは思っても表情には出さない。

できるだけ聞こえないふりをした。


けれど言い返さなければ、相手は調子に乗るもの。目に余るようならば不敬罪を適用させますと脅した。


一週間こんな問答を各所で繰り返して、私は疲れ切っていた。


初夜の決行日は一週間後だ。

とても心配だけど、その一週間だけ乗り越えれば後の三週間は自由に過ごせる。


一夜で御子を授かる可能性だってあるんだから大丈夫。



離宮へ休憩を取りにくると、祖国から連れてきた侍女のサリーが私をねぎらってくれる。


「ステラ様。ここは非武装地帯です。くつろいでください」


確かに、宮殿内は戦闘態勢を崩す事ができない。

軍事国家出身のサリーらしい言動だ。


私は連日の妃教育という名の激務に疲れ、深いため息をついた。


「みんなに認めてもらえるように、努力するしかないわね」


調理人のヤコブが私の好きな菓子を作ってくれた。

バターとアーモンドの香りが漂うフィナンシェだ。


「お茶にしましょうステラ様。コースレッド産の紅茶を取り寄せました」


宮殿内はいつも気を張っていてとても疲れてしまう。

サリーたちがいなければ心が折れていたかもしれないと思った。


「ありがとう。嬉しいわ」


「まだまだ教育は続くのでしょうか……」


「大丈夫よ。そのうち慣れると思うわ。心配かけてごめんなさいね」


「教育をされる必要はないと思います。ステラ様はコースレッドでも優秀でしたから、今更覚える事なんてないですのに」



「そう……なんだけどね」



「ステラ様だって好きでこの国に来たわけではないのに。本当に悔しいですわ」


「そうね。結婚は政治だものね」


教師たちもメイドも、もう少し私の気持ちを汲んでほしいと思ってしまう。


けれど、そうするように言うべきは私ではなく夫であるウィルの役目だ。







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