31.建国祭を楽しむ王子様
多くの人が朝早くから外に出て、祭りの準備を始めている。
まだもう少し眠っていたかった私は、同じくまだベッドでゆっくりしたそうな
「おはようございます、イライジャ様」
「ふぁあ……おはよう、クラリス。今日はみんな朝早いようだな」
「年に一度の大きなお祭りですからね」
「活気があるのは良いことだ」
昨夜の余韻がまだ残っているのか、イライジャ様はまだ甘いお顔をなさっている。
案の定、顔が迫ってきたかと思うと、朝の挨拶だと言わんばかりに優しくキスされた。
たった数日ですっかり慣れてしまった、朝の挨拶。なのに目を細められるたび、私は初めてキスをされた時のように胸が鳴る。
「一日中こうしていたいところだが……出かける準備をしなくてはな」
「はい。この生活も、今日でおしまいですね」
「ああ、楽しい三週間だった。クラリスが一緒にいてくれたおかげだ」
「もったいないお言葉でございます」
本当にこれで最後なのだ……そう思うと私はたまらなくなって。
「クラリ……」
イライジャ様を抱きしめると、私からキスをする。
これが最後ですから、許してくださいませ。
ああ、離れたくない。
ずっとこのままキスしていたい。
だけれど。
ジョージ様や先日の闇の子を思い出す。
そして闇の子だけでなく、光の子もまた苦しんでいるのだという、イライジャ様の言葉を。
イライジャ様は、私が独占して良いお方ではない。
だけどこれで最後だからと言い訳をして、私はそれからもしばらくキスを続けてしまった。
外に出ると、人々の笑い声や興奮した子どもの声で満たされていた。
そこかしこから店への呼び込みの声が聞こえて、出店からは良い香りが漂ってくる。
食欲を掻き立てられた人々が列を成し、満面の笑みで楽しみを待っていた。
少し開けた場所に入れば、音楽を披露している人たちがいる。その音楽を聞こうと人だかりができたり、近くで踊っている人たちもいて、大賑わいだ。
アクセサリーの出店には女の子たちが群がり、楽しそうに声を上げている。
「クラリス、なにか欲しい物はあるか?」
「いいえ、特には……」
「そうか。俺はあの肉屋のソーセージが食べたいな。焼いている良い香りがここまで漂ってくる。買ってきてくれるか?」
「わかりました、すぐに買って参ります」
「そなたの分もな」
「ありがとうございます」
もうこれでお別れなのだと思うと、正直食べ物が入っていく気がしなかったのだけれど。イライジャ様のお気遣いは嬉しい。
店先で焼いているソーセージを二人分包んでもらうと、急いでイライジャ様の元に戻ってきた。
二人で食べると、パリッという音とともに肉汁が溢れて出てくる。熱い熱いと言いながらも、美味しくて嬉しくて、私たちは笑みを見せながら食べた。
「民はこのように祭りを楽しんでいるのだな」
ぐるりと一周するように首を右から左へ動かすイライジャ様のお顔は、心底お祭り楽しんでらっしゃるようだ。
いつもはパレードの準備で忙しいのだから、この楽しさを知らなくても仕方ない。
「見ているだけで飽きぬ。そなたも楽しんでいるか?」
「はい、もちろんでございますとも」
建国祭を王子と巡るなど、後にも先にもきっと私だけに違いないのだから。
こんなに楽しくて嬉しいことを体験させてくれるなんて、私は本当に幸せ者だ。
「それにしても」
イライジャ様がくすっと笑い、私は瞳で見上げる。
「今朝のそなたは、積極的だったな」
「あ、あれは──」
たまらずしてしまったキスを思い出してしまい、私の耳は熱くなる。
あああ、鉄の意志のみならず、理性までも家出してしまっていたとしか思えない!
「クラリスにあんなに積極的に求めてもらえるのは、嬉しい」
優しく肩を抱かれて、耳元で囁かれる。
耳がくすぐったくて、さらに顔が熱くなるのですが!
「いつでもしてくれて構わぬぞ。許す」
「も、もう、こんなところでそういうお話はなさらないでくださいまし!」
「かわいいな、そなたは。すぐに顔を赤く染めて」
「誰のせいでございますかっ」
「はははっ」
本当にもう、からかうのがお好きなのですから!
けれど、王子にからかわれるのが嬉しいのだとは……口が裂けても言いませんからね。
キラキラ輝くイライジャ様の笑顔。
その屈託のないお顔を見られただけで、私は幸せです。
私がいなくなっても、その笑顔が民へと……そして真の王妃になる方へと向けられますように。
私はもう大丈夫。
こんなにも、こんなにも素敵な思い出ができたのだから。
「そろそろ、パレードが始まる時間だな」
パレードは王宮を出た後、大通りを馬車で通りながらエンデルシア広場へと向かう。
そこには石造の舞台があり、重要な行事や祝祭では必ずここが使われる。
荘厳な彫刻や王族の紋章が施されている舞台は、王族が民へと言葉を送るのに最適な場所だ。
イライジャ様が出ていくのは、舞台にジョージ様が立たれた時。もちろん周りは警備で厳重だけれども、騎士団長のチェスター様が手引きをしてくれる段取りになっているから、問題はない。
私たちは予定通り、エンデルシア広場へ向かった。
一面緑の芝に、色とりどりの花畑。樹木の木陰となる場所には長椅子が設置されている。
すでにエンデルシア広場は多くの人で溢れて、今か今かと王族の到着が待たれていた。
「もう少しで終わるぞ、クラリス。この忌まわしき慣習が」
「はい」
イライジャ様の決意のお顔を見て、私はしっかりと心に刻む。
もう少しで終わる。こうしてお隣に立つことも。
しばらくすると、王族を運ぶ豪奢な馬車が入ってきた。
人々の歓声を聞きながら、私は奥歯を噛み締めていた。
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