27.十八日目。真剣な瞳の王子様

 空を飛ぶような浮遊感。

 嵐は過ぎ去ったのだろうか。

 ほんの少しだけ眠るつもりだったのに、ゆっくり眠ってしまった気がする。


「ん……んん……」

「ああ、起こしてしまったか、クラリス」


 目を開けると、そこにはイライジャ様のお顔が。頬と頬を寄せていたはずなのに、一体なぜ?


「すまないが、おろすぞ」

「え?」


 そう言われて初めて、私は宙に浮いていることに気づいた。

 って、まさかのお姫様抱っこをしていたのですか!? どうして!

 丁寧に床に下ろされると、その理由がわかった。床が濡れている。


「まさか、ずっと私を抱き上げてくれていたのですか!?」

「いいや、一時間ほどだ」


 一時間も!!

 私は小柄でもありませんし、結構体重はあるのです!!


「起こしてくだされば良かったのですよ!?」

「よく眠っていたようだったのでな」

「重かったでしょうに……」

「いいや? ちっとも重くなどなかったが?」


 いつも通りの爽やかな笑顔。けれどこのクラリスにはお見通しですよ!

 腕がぷるぷるしていらっしゃいますから!!

 私がジト目で見上げると、イライジャ様は苦笑いをされた。


「好きな女の前では、格好つけさせてくれ」

「無茶は厳禁でございます! でも……」


 まだぷるぷるしているイライジャ様の手を取ると、私は微笑んで見せた。


「ありがとうございます。イライジャ様のおかげで眠れました」

「そなたを守ると約束したからな」


 どうやら私の安眠を守ってくれたようです。

 ちょっと得意げなお顔が可愛らしい。


 外の雨は続いていて、風もまだ吹いている。

 私たちは雨漏りのする小屋で、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。



 昼が過ぎた頃に、ようやく雨と風が消えて外に出る。

 黒い雲は、青空に追い立てられるように逃げていくのが見えた。


「ようやく去ったな」

「長く続かなくて良かったですね」


 朝までの大雨が嘘のように、太陽の光が辺りを照らしていた。

 しかし、小屋の中は雨漏りでひどい有り様だ。マットも濡れてしまっていて、今晩は使えそうにない。

 小屋を掃除し、水を含んだ重いマットを二人がかりで外に出す。

 家を乾かさなければまともに住めず、私たちは仕方なく町までやってきた。


「ジョージもこんなことがあったのであろうな……だのに俺は、我慢もせず町に泊まろうとしている」


 やはりイライジャ様はジョージ様と比べてしまっている。


「イライジャ様も同じ状況に置かれていれば小屋で過ごしたでしょうし、それだけのことでございます」


 それに町に来ると決めたのは、私のためもあったのだとわかっている。

 本当に大切にしてくれているのが伝わってくるのだ。おそらく、イライジャ様お一人だけなら、あのまま小屋で泊まっていたことだろう。


 朝からまともに食べていなかった私たちは、大衆食堂に入り早めの夕食をとる。

 町はしっかりした建物が多く、大した被害はなかったようだ。


「いやあ、建国祭にこの嵐がぶつからなくて良かったなぁ!」


 イライジャ様と食事をとっていると、隣からそんな声が聞こえてきた。


「まったくだ! 年に一度のお祭りに嵐なんざ、目も当てられねぇからなぁ!」


 建国祭はもう三日後に迫っている。

 国を挙げてのお祭りは、誰も彼もがが楽しみにしているのだ。

 イライジャ様は食事をとりつつも、耳はそちらに集中しているようだった。


「イライジャ様のご病気も良くなっているという話だし、無事に建国祭を迎えられそうだな」

「だから言っただろ! イライジャ様は光の子なんだから、絶対に大丈夫だってな!」


 イライジャ様のご病気が、良くなっている。その言葉を聞いて、私は王子に視線を送る。イライジャ様は微かに首肯し、ほっと息を吐いておられた。

 どうやらジョージ様は順調に回復しているようだ。きっと建国祭までに間に合うだろう。


 食事を終えると目立たぬようにそっと出て、近くの宿で一室を取った。


「ジョージは無事のようだな。建国祭も通常通り行われるだろう。ジョージを俺の代役に立ててな」

「はい。ジョージ様が民衆の前に出られた時、イライジャ様もご登場なされば、双子であることを知らしめられましょう」

「そうだな、まずはそこからだ」


 イライジャ様の演説であれば、誰もが耳を傾けてくれる。

 実際に双子を目にした民衆たちに、ジョージ様がどれほどの理不尽さを強いられていたかを知ってもらうのだ。

 因習を断ち切るチャンスはそこにある。イライジャ様ならば、きっとうまくやってくれる。

 その時、私はそばにはいないけれど。


「どうした、クラリス。悲しそうな顔をして」

「……いいえ。うまくいくのかと思うと、少し不安になっただけでございます」

「そなたらしくもない。俺を信じていないのか? うまくやってみせる」

「もちろん、信じておりますとも」


 心からの言葉を伝えると、イライジャ様は光り輝くように笑った。


「うまくいった時には、クラリス。そなたを娶る準備を始めるから、そのつもりでな」


 嬉しそうなイライジャ様を見ると、胸が痛む。

 たとえ私が消えずとも、王子を拐かした私を陛下は許さないだろう。それにイライジャ様には、もっと相応しい素敵な女性がいるのだから。


 一緒にいたいだなんてわがままは……許されない。


「どうした? 嬉しいのか?」


 勝手に目が潤み、イライジャ様が私の頬に手を当ててくれる。

 嬉し涙だと思っていらっしゃるのか。


「はい……イライジャ様が、真の王になる日も近いのだと思うと……」

「ははっ、気が早いな。俺が王になれば、そなたは王妃だ」

「そんな、私などが」

「そなたにしか、務まらぬ」


 悩みや不安など一切見当たらない、真っ直ぐなエメラルド色の瞳。

 どうしてそんなに私を信じてくださっているのか。


 嬉しい。


 けれど私は、その期待を裏切ろうとしているのだ。

 イライジャ様を信じている。イライジャ様ならば、きっと素晴らしい国にしてくださると。

 だからこそ、隣でいるのは私ではいけない。

 身分の低い女を娶ることのデメリットが大き過ぎるのだ。

 反対派を生み出すような婚姻をしてはいけない。理想とする国家を造りたいならば、私は不要な存在でしかない。


「イライジャ様のお気持ち、本当に嬉しく思っております」

「これからもよろしく頼む」


 気持ちを伝えた私の顎は、イライジャ様に上に向けられて。


「愛している」


 いつもの言葉を口にしながら、くちびるを優しく落としてくれた。


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