夏の思い出

まとめサイトに掲載されていた話。


「こんなくさん」


これは俺がかつて体験した話だ。

当時大学生だった俺は、爺ちゃんの住む村に帰省していた。

Y県の山の中にある爺ちゃんの家は避暑地に向いてるのか扇風機だけで充分涼しかった。

そう言えば爺ちゃんの村の周り、あんまり探索してないな、と。

ネットも携帯も通じないから俺は暇つぶしがてら散歩に出かけた。


カンカン照りの日差しの中、片手にペットボトル、頭に麦わら帽子を被ったいわゆる夏休みスタイルという形で。

周りは畑ばかりで、雨が降ればゲロゲロというカエルの音がして。

翌日行けばカエルが無数に死んでるような田舎だ。

行き止まりに道祖神があって、ここも田舎臭い。

で、道祖神の向こう側に道があるのを見つけた。どう見ても山道。

探検心がうずいた俺は道祖神を横にその道に入って行った。

セミがうるさくてこれが蝉しぐれか、と思っていたら眼前に大きな沼が現れた。

割とデカくて、25mプールくらいの大きさ。

ただ水がくそ汚いのか水の中が見れなかった。

こりゃ中身はヘドロだな、と思った。

俺は周りを見渡す。

そうすると、真っすぐ先に祠があった。

こんなの、ネタになるじゃんwと思った俺は何も考えずその祠に向かって行った。

祠は意外と綺麗で、蜘蛛の巣1つ張って無かったから村の誰かがこの祠を掃除してるのは確かだった。

祠には何か字が彫られてたみたいだけど風化して読めなかった。

仕方ないし、蚊に食われまくっているので帰ることにした。


爺ちゃんちに行ってキンカンをもらって塗ってたときに「山の中の祠って知ってる?」って聞いたら爺ちゃんは持ってた大根を床に落とした。

それからはお決まりの「お前あの祠に行ったんか!」というセリフ。

こんなの掲示板でしか聞かないと思ってたから「まずかった?」って俺が返事したら

爺ちゃん、真っ青な顔して何処かに電話をかけ始める。

聞き耳を立てれば「こんなくさんが」とか「祠に」とか色々言ってたけど。

俺はまたとないチャンスだと思った。

ここに書き込まれてまとめに乗るんだってワクワクした。

これはこんなくさんとやらを聞きたくて爺ちゃんが電話終わるまで待ってたけど、爺ちゃんは顔を真っ青にしながら「お向かいの館下さんちに行きなさい」と真剣に話した。

「こんなくさんってなに」って俺が聞いたら、爺ちゃんが黙って首を左右に振った。

そして、爺ちゃんは俺を強く抱きしめてくれた。

「すまんな、すまんな」って言いながら、俺の頭を良く撫でてくれた。

婆ちゃんはそれを見てすすり泣いていた。

それからしばらくして、俺はお向かいの館下さんとやらの家に行くことになった。

館下さんの顔も暗かったのもあるが、知らない他人と会話するのに慣れてない俺は館下さんにこんなくさんを聞くタイミングをうかがっていた。

が、意外にもあちらから話しかけてくれた。


こんなくさん、困難無く様というらしい。

その昔、この地域にはたくさんの飢餓、土砂崩れが起きていた。

それは森の神様の祟りなのだと当時の人は信じていて、俺が見た沼に人を縛って沈めていたらしい。

要するに生贄ってことだ。

困難無くするために、人の命を神に捧げる儀式が存在していた。

それからぴたりと飢餓や土砂崩れがなくなり、村人はこんなくさんに感謝をした。

しかし、その度に再び飢餓や土砂崩れがおきてその度に人を沈めていた。

その時に決まって、祠がきれいなのだという。

あの祠には「困難無くよう、人の命を持って」と書かれていたらしく、何故か手入れもしないで綺麗な状態だと、必ず悪いことが起きる。

それを見た人物は、こんなくさんに魅入られる。


俺はその話を聞いて、真っ先に思いついたのが再びの生贄だ。

俺は爺ちゃんが生贄になると思ったけど、そうではないらしい。

けれど、爺ちゃんは死ぬだろうって。

もう戻らないだろうって。

誰にも分らないように草を刈らず、あそこに道祖神を置いたのに。

とブツブツ言っていた。

俺は心の奥底で後悔した。


その日を境に、爺ちゃんの姿は見ていない。

俺は夏休みも半ば、早々に東京の実家に帰った。


調べてみると、そう言う人身御供の話って結構あるみたいで

どれもこれも「善意」「素晴らしき事」としてやってるが

結局、「人を殺して神がお礼をした」というより「偶然にそれが収まった」というのが正しいらしい。

爺ちゃんの時代には、まだこんなくさんがいたから、爺ちゃんが俺の身代わりになってあの沼に沈んだんだろうと。

俺は、ずっとそう思ってるし、下手に山を散策するのは止めようと思ったし。

その日以来、山に入れない。


                             (2002年)


この話をもとに、Y県の山中を探したが

そもそもの話、こんな逸話は聞かなかった。

作者の創作だろう。

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