声を聞けば貴方は。

世界の半分

1 闇の中

闇の中、誰かが自分を呼ぶ声だけが聞こえる。

朦朧としていた意識が、瞬時に集まる。


声はぼんやりと頭に流れ込んでくる。

どこか懐かしくて、優しい。

しかし語尾は尖り、鋭い。

闇の中響くのはその声だけだ。

雑音と生命の音は一切として聞こえない。

動いているはずの心臓の音も、私の生命の音も、聞こえない。

静まり返っていた闇に、その声は響く。

段々と小さくなっていき、音が消えたかと思えばまた同じ声が聞こえる。

水溜りに石を投げつけて出来る波紋の様に、それは広がっていくのだ。

耳を澄まし何と言っているのか聞き取ろうとしたが、どうも異国の言葉の様に聞こえて良く分からない。

音は焦点が合わない様にぼんやりとしていた。

ただ、ぼんやりと。


―声は確かに自分を呼んでいる。それだけは何故か確信できたー


まだ物も言えぬ赤子が、自分の母親や父親の声を何となく認識し、反応するのと似たような感覚。


―声は私を呼び続ける。闇の中で静かに……―


私は独りだった。声を除けば、たった一人。

「独り」が嫌いなわけでは無かったが、きりきりと胸に押し寄せてくる不安は抑えられなかった。

目を凝らしても物の輪郭は浮き上がらない。

ただ、声と闇が辺りを吞み込んでいる。

光は永遠に、この空間には現れないだろうか。


刹那と刹那が繋がり、永遠が出来上がっていくのを感じる。

洞窟の天井から落ちて地面の石を打ち付ける水滴の様に。

溜まっていくその水滴の様に。

刹那は永遠と繋がっていく。

それは鎖の欠片の様な物だった。

私は長い鎖の上を渡るだけの人間だ。

刹那を喰らい、呑み続けることで今を生きている。

この暗い空間の中でもきっと。

永遠の鎖がどこで途切れるかは誰にもわからない。

突然ぷっつりと切れてしまうかもしれないし、緩やかに削れていき、最期を迎えるかもしれない。ましてや子供が生まれ、命を繋ぐことが出来れば自分の鎖は枝分かれして永遠を繋いでいく事になるのだ。

もしも何かが鎖の上に壁として立ちはだかるのなら打ち砕かなければいけない。

この闇は、壁の一つなのか、それとも鎖の果てなのか。

私にはわからない。


何も見えなかったが確かに、私を呼ぶ声だけが聞こえる。

何と言っているのかは分からない。


闇の中自分が声を上げても、呼んでいる相手には届かない気がした。

なにしろ、私は一人なのだ。


私は呼ぶ声を聞くだけ。


ただ、声は自分を呼ぶだけ……


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