涙の罪

世界の半分

             *


目が、私を見ていた。

身長程の大きさの目が、私を見ていた。


大きな硝子玉の様だ。


下の瞼の上に自分は立ち、その下には床があるのか無いのか、水面の様にぬらぬらと揺れる。


光る透明な硝子の中に、蒼色の絵具を閉じ込めたような目。


その目は、私を見つめていた。


私は、その目を見つめていた。

上瞼は私の上に、屋根となって覆い被さり影を落とした。


目は、光を放つ。

美しくて、どこか悲しい、蒼い光。

胸が締め付けられるような心地になる。



割ったらどうなるのだろう。


不意に、そんな事が気になった。


駄目だと分かっていながらも、一度気になると疑問は心を魅了する。


この美しく、儚い硝子玉を鋭いもので割ったら如何なるのだろうか。


私の胸ポケットに刺さっている鉛筆の尖った先が、その黒々とした先端が頭に浮かんだ。



目は、鞄から鉛筆を取り出す私を瞬きもせずに見つめた。



私は一つ、深呼吸をした。



鉛筆の尖った先を、硝子の目に刺す。


キィ、と硝子の様にそれは音を立てた。

いや、硝子だった。それは。


亀裂が静かに、静かに大きくなっていく。


嗚呼、硝子だ。この目は硝子だ。


涙が溢れた。

罪悪感を抱くよりも、何よりもその様子が、美しかった。

美しいもので泣いたのは、これが初めてだ。



途端、硝子に閉じ込められた蒼い絵具が流れ出し、海を作った……





私は倒れていた。

零れた蒼い絵具が、未だ薄らと残像として残っている。


あの獣の目は、割れて消えた。

薄い紫の煙になって消えた。

儚い音を立てて。

喉の奥から絞り出したような悲しい音出して。

きっと、そうだと思った。


不思議と、罪悪感は無かった。ただ、美しかっただけ。


美しさに流した涙の跡。


頬の辺りに蒼い傷が、涙の形に残った。


            

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙の罪 世界の半分 @sekainohanbun17

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ